ブラジリアン柔術の道場「カルペディエム」の代表として奮闘する毎日を送りながら、中判フィルムで撮影した家族写真をInstagramにポスト。その写真の数々が見る人の心をつかんで放さない石川祐樹さん。2014年には先天性の心臓疾患を持って生まれた愛娘との日々を綴ったフォトエッセイ『蝶々の心臓』を発表し、話題を呼びました。

前編では「写真との出会い」をひも解きながら石川さんの写真哲学についてお話しいただき、後編では「写真を発信し続ける理由」にフォーカス。

2022年夏現在、石川さんのInstagramにアップロードされた写真は1500枚以上にのぼり、それぞれに多くの「いいね」がついていますが、石川さんはどうして発信を続けるのか。その理由を探るとともに、写真を手元に残すこと、飾ること、そして今後の展望についても迫ります。

「奇跡が起こった」という事実を伝えたい

2208_01_02.jpg---- 石川さんのInstagramには1500枚以上の写真がポストされ、フォロワーは1万人以上。写真を公開し、発信し続ける理由はどこにあるのでしょう?

石川さん:もしかすると、使命感に近いのかもしれません。病児を抱える親は、本当につらくて孤独です。僕自身、娘の病気を宣告された日のことを、今でも鮮明に覚えています。生まれたばかりの娘の身体に何が起こっているのか、その病状がいかに深刻なのか、いつまでに何回の手術が必要なのか、とにかく一気に説明されるんです。

もちろん、それがお医者さんの正しいやり方です。でも、何も頭に入ってこない。必死にメモを取るだけで精一杯の状況です。呆然としたまま自宅に帰り、メモを頼りに必死にネットで調べました。すると、悲惨な情報しか出てこない。同じ病気の子どもを持つ親御さんのブログを読んでも、最後は「星になりました」で終わっているんです。

---- 聞いているだけでも胸が痛みます。

石川さん:当時を思い返してみると、絶望に近い感情でしたね。でも、娘は奇跡的に助かることができました。心拍数も血圧もゼロの状態が長く続いて、それでも生きられたのは本当に奇跡です。ただ、奇跡が起こったこともまた、事実ですよね。

僕は奇跡が起こったという、その事実を伝えたいし、小さな娘が病気と闘っている間も、けっして苦しいことばかりじゃなかった。楽しいことや学びもたくさんあって、そうした前向きな面を発信するために始めたのが、『蝶々の心臓』のベースになったブログです。

僕が公にすればいい、病児と親のリアル

2208_01_03.jpg---- すると、今も石川さんが写真を発信されているのは、当時のブログの延長?

石川さん:はい。単純に趣味という側面も大いにありますが、病児を抱えている親御さんに届けば、という気持ちは確かにあります。繰り返しになりますが、病児を抱える親は孤独なんです。僕のもとには、そうした親御さんたちからお手紙やメッセージが届きます。

特に強烈に焼き付いているのが、「私の子どもも同じ病気です。そのことを姉妹にすら話せず、母親にしか打ち明けられません」というお手紙ですね。先天性の心臓疾患は、遺伝性の病気ではありません。これは医学的に証明されています。それなのに「子どもの病気が知れ渡れば、自分の妹がお嫁に行けなくなるかもしれない」と。正直、いつの時代の話なんだ、と思いますよね。でも、こうした偏見があるのも現実です。

それなら、僕が公にすればいいと思ったんです。僕は娘が生まれる以前から、柔術家として情報を発信する立場にありました。今さら、プライバシーも何もない。自分の顔も名前も娘の病名も公表して、病児と親のリアルを伝えたい。娘が元気になった今も、この気持ちは持ち続けていますね。

少しでも多くの人に柔術の魅力を伝えたくて

2208_01_04.jpg---- 写真を発信し続ける一方、石川さんは柔術家。柔術家としても発信をされていますよね。その方法はInstagramだけでなく、YouTubeに音声配信まで。

石川さん:柔術家としての発信に関しては、正直、宣伝の意図が強いんです。柔術はマイナー競技。少しでも多くの人に魅力を伝えたい、という気持ちがあります。柔術って、勝敗のほとんどが競技者の意思によって決まる、すごくジェントルな格闘技なんですよ。タップといって、「参った」の意思表示が勝敗を決めます。

---- 自ら負けを宣言し、勝負が決する。将棋に似ていますね。

石川さん:そう、将棋に似ているんです。相手の「参った」を引き出すためにどんな技を仕掛けるのか、柔術は理詰めの格闘技。頭と身体を同時に動かすことから、ストレス発散にもなります。今は大人も子どももストレスが溜まりやすい時代。僕自身、言い表しようのないフラストレーションを抱えた子どもでした。

そのストレスを発散したくて、衝動的に暴れてしまう。すると当然、暴れん坊のレッテルを張られます。でも、ストレスの発散先を格闘技に変えると、今度は強い子どもとして褒めてもらえる。僕の幼少期と同じような子どもに、ポジティブな捌け口を作ってあげたいという思いもあります。

同時に格闘技をするには、道場選びがすごく重要。柔術にしても柔道にしても、空手や相撲にしても、格闘技には精神性が求められます。それだけに良くも悪くも、師匠の教えが競技への姿勢を左右するんです。そこで相性の悪い道場を選んでしまっては、生徒も師匠もつらくなるだけ。そうしたミスマッチを未然に防ぐためにも、積極的に発信をしている感じです。

良し悪しの判断がなければ、前には進めない

2208_01_05.jpg石川さんのアトリエに飾られている写真たち

---- 相性のいい師匠を選ぶことの大切さ。写真にも同じことが言えそうですね。

石川さん:僕が瀬戸先生から受けた影響(※前編より)の大きさを思うと、その通りですね(笑)。瀬戸先生には本当に多くのことを教えていただいて、そのひとつが好き嫌いや良し悪しをジャッジすることの大切さです。多様性を重んじることも、人を傷つけないことも絶対に大事。でも、それにかまけて自己判断を疎かにするのは、ちょっと違うと思っていて。

最近では「この写真は好きじゃない」の一言でさえ、侮蔑や差別と捉えられかねません。でも、それはおかしいし、好き嫌いや良し悪しの判断ができなければ、そこから前には進めませんよね。瀬戸先生は何にも忖度せず、写真の良し悪しを伝えてくれましたし、人によって好き嫌いが分かれるところこそ、写真の面白さじゃないですか。

---- おっしゃる通りですね。撮り手も受け手も、どう感じるかは自由です。

石川さん:実はWALL DECORに選んだ息子の写真も、撮った自分と受け手である皆さんの評価が分かれた1枚なんです。僕としては正直、そこまでうまく撮れた写真とは思っていなくて。あくまでも思い出の1枚としてInstagramに投稿したところ、図らずも1000以上の「いいね」がついて、ビックリしました(笑)。

紙に焼き、物質として眺めることの尊さ

---- 意外な評価だったんですね(笑)。ちなみに今回は計4枚の写真をWALL DECORにしていただきましたが、率直なご感想は?

石川さん:写真って、やっぱりいいな。改めて、そう思いましたね。写真を撮ること、飾ることの意味を再確認できた気がします。アトリエには好きな写真家の写真を飾っているものの、自宅に関しては完全に衣食住の場所。家族の写真を撮ってInstagramに投稿はしても、自宅に家族写真を飾ることってほとんどないんです。

でも、飾ってみると違いますね。撮影した当時のことをありありと思い出しますし、改めて紙焼きの良さを実感させられました。今はフィルムで撮影しても、デジタル保存できるじゃないですか。僕自身、たまにお気に入りの1枚を焼いたりしますが、データよりも愛おしい。手元に置いて、物質として眺めることの尊さを感じられますよね。

2208_01_07.jpgご自宅にて飾られたウォールデコ (写真提供:石川さん)
WALL DECOR(ウォールデコ)/ ギャラリータイプ A3サイズ相当

---- 撮影して紙に焼き、眺めることの尊さ。最後に聞かせてください、石川さんは今後も写真を撮り続けるのでしょうか?

石川さん:写真を撮ることも発信することも、僕にとっては欠かすことのできないルーティンです。これからも撮り続けると思うし、まずはフィルム用のラックを満杯にしたいという、小さな目標があるんです(笑)。写真を撮り始めてから10年が経ち、引き出しの半分がようやく埋まったところです。これを全部埋めるにはあと10年。娘は23歳になり、息子は15歳になります。

2208_01_08.jpg撮り溜めたフィルムネガが収められているラック

娘の成長も息子の成長も、写真に撮り続ける確信はある一方、将来についてはあまり考えていないんです。僕が主宰する道場の名前は「CARPE DIEM(カルペディエム)」。ラテン語で「今を生きる」という意味です。娘の病気とは無関係に昔から好きな言葉でしたが、今もこの言葉がモットー。今を生き、今を写す。僕の毎日は、これに尽きる気がします。

石川祐樹(@yuki_ishikawa_photo

1975年生まれ、福岡県出身。アリゾナ州立大学在学中にブラジリアン柔術と出合う。競技者として柔術に向き合いながら、指導者として道場「カルペディエム」を設立。プライベートでは2児の父。第一子である長女は先天性心臓疾患を持って生まれ、娘の姿を残そうと写真を撮り始める。2014年に自身初のフォトエッセイ『蝶々の心臓』を上梓し、以降もInstagramを中心に写真を発表。その写真は高く評価され、小説の表紙にも採用されている。

Writing by 大谷享子

Photo by 上原未嗣

WALL DECOR(ウォールデコ)
お気に入りの写真をパネルにできるサービスWALL DECOR。どんな写真にもマッチするシンプルなデザインで、飾る場所も限定しません。石川さんはギャラリータイプで制作をされました。おうちにはギャラリータイプと同じく、シロ枠に黒い帯のついた額縁が飾られ、お部屋の雰囲気ともぴったり合っていました。
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