丁寧で豊かな暮らしや、それを美しく切り取った写真に注目を集める、Mai Murakawaさん。フォトグラファー、クリエイティブディレクター、詩人など、ひとつの職業にとらわれることなく、のびやかにさまざまな活動を続けています。
「いろいろな仕事をするほうが、自分には向いているんです」と語ってくれたMurakawaさん。自分自身のスタイルを確立するまで、どのような道を歩んできたのでしょうか?前編につづき、後編となる今回は、彼女のこれまでのキャリアについてお伺いしながら、大切にされている価値観の軸を探りました。
仕事の幅を広げることで、コンプレックスを乗り越えた
----前職では、数々のお菓子ブランドを運営する株式会社ネネンに在籍されていたそうです。具体的にどのようなお仕事をされていたんですか?
Murakawa:前編でお話した通り、最初は外部パートナーのカメラマンとして「カヌレ堂」の商品撮影から関わるようになりました。その後、社長にスカウトされ入社してからは、クリエイティブディレクターとしてさまざまなことを経験させてもらったんです。トフィーとコーヒーのお店「BALYET」や「菓菓かはん」というお菓子のブランドを立ち上げたり、大阪・堂島にあったギャラリー「ALNLM」でキュレーターを担当したり、ほかにも、広報やWebディレクターの仕事もしていました。
----それだけ幅広くお仕事をこなすのは、大変ではなかったですか?
Murakawa:当初は、3、4人ほどの小さな組織だったので、動ける人員がそもそも少なかったんです。だから、不安になる暇もなく「とにかくやるしかない!」という状況でした。それに、仕事をやっていくうちに、私はひとつの職業だけに縛られるのが苦手なんだなと気づくことができたので、結果的にはよかったと思っています。いろいろできるほうが、自分には向いてるなって。
----どんなふうに「向いている」と思いましたか?
Murakawa:昔から写真を撮るのは好きだったんですけど、カメラマンになりたくてなったわけではなくて。趣味から始まり、流れに身を任せていたらいつのまにか仕事が舞い込むようになっていったので、写真について専門的に勉強してきたわけじゃなかったんです。だからこそ、ずっと自信がなくて、「私なんかが『フォトグラファー』と名乗っていいのだろうか?」というコンプレックスを抱えていました。
でも、ネネンでいろんな仕事を経験させてもらえたことで、ひとつの道を極めることは難しくても、全部やっている自分だからこそできることがあるんだと思えるようになりました。たとえば、商品撮影でディレクターの目線を持っていれば、より俯瞰で見て「この写真がどう使われるのか」という先の先まで考えながら撮影できたりだとか。
----気後れする気持ちもあったけど、その分幅を広げてカバーしていくことで、自信を得ていったんですね。
Murakawa:全員に向かって「フォトグラファーです」と自己紹介する必要はないし、専門性がなくても私のつくったものをいいと言ってくれる人はいる。こういう臨機応変さがこれからの時代には大事になってくるのかなと、自分のスタイルを確立できるようになっていきました。
独立のきっかけはタロット占い。ピンときたらぱっと動きたい
----お話を伺っていて、とても楽しくお仕事されていたのかなと思ったのですが、独立を決意したきっかけはなんだったのでしょうか。
Murakawa:じつは占いなんです(笑)。なんとなく「前世を見てほしいな」と思っていた頃に、たまたま友人が当たると噂の占い師を紹介してくれて、勢いで予約したんです。そうしたら、前世占いよりもタロットがすごい方で。仕事のことについて話したら「今すぐ独立しなさい、10年後の未来が全然違う」ときっぱり言われてしまったのがきっかけでした。
その当時、会社で昇進することがきまっていて、数日後にはそれを社内で発表するというタイミングだったんですけど、占い師さんの言葉があまりにも心に刺さって......その日のうちに社長に話し、「昇進の件、考え直したいです」と伝えることになりました。
----思い立ったら即行動なんですね!
Murakawa: ピンときたらパッと動くことは、自分の中でとても大切にしています。それに申し合わせたかのようにやってくる不思議なタイミングを何度も経験していて。 社長からしたら「旧知の仲の僕より、今日会った占い師の言葉を信じるんだ...」と、散々話し合った先で手の平を返したような話ではあったと思うんですけど、誰の味方でもない第三者の言葉にあの時は心が動いてしまいました。会社で実績を積んだとしても、「会社に属する私」は人の記憶に残らないだろうなって思ったんです。先のことはわからないけど、Mai Murakawaとして誰かの記憶に残る活動をしていきたかったから独立を決めました。
----独立されてからの3年を振り返ってみて、実際いかがでしたか?
Murakawa:何も決まってないまま会社を辞めてしまったので、最初の1年はきつかったですね。収入もかなり下がりました。でも、少しずつ私の写真を見た人や、前の会社の繋がりでお仕事をいただけるようになっていきました。私はお酒を飲むのも好きなんですけど、居酒屋やバーで出会った人から、1、2年越しにお仕事の相談がくるということもありますね。今もジェットコースターのような暮らしですが、ここへ引っ越してきて思いのままに過ごす時間を一番大切にしているかもしれません。
想像を掻き立てる「余白」を大切に
----お仕事はどんな基準で選んでいるのでしょうか?
Murakawa:ラグジュアリーなものやきらきらしたものに苦手意識があります。ただ、実際のところお仕事を「選んでいる」感覚はないんです。ありがたいことに、みなさん私のSNSを見て、ある程度私の雰囲気や世界観をわかってくれたうえで依頼してくださることが多いので、あとはやるだけというか。
----Murakawaさんらしい世界観をつくるために、意識されていることはありますか?
Murakawa:写真でいうと、被写体のまわりにはどんなものがあるんだろう?って想像してもらえるように、「余白」を生むことを大切にしています。作り込まれた広告写真にはあまり興味がなくて、今この瞬間、素敵だなと思ったものを撮るほうが好きです。
あとは、神戸のアンティークショップで働いていた経験も大きいかもしれません。古いものに囲まれてずっと過ごしてきたので、古い紙ものや小さいものはずっと大好きですし、長い年月を経て今ここにある奇跡...そんなものたちの物語を想像したり。
最近ではイギリスのジャムポットをトイレの掃除用のブラシ入れにしたり、庭の木にロープを張って洗濯物を干したり、概念に捉われない"モノ"の使い方を暮らしの中で意識しています。
----自分がどんなものを好きかわからない人も、世の中にはたくさんいるんじゃないかと思います。「好き」を見つけるために、どのようなことをしていますか?
Murakawa:普段から、自分がいいなと感じた理由を一段階深掘りするようにしています。たとえばお店に行って「素敵だな」と感じたら、料理なのか、器なのか、接客なのか、具体的にどの部分に惹かれたのかを考えるんです。なんとなくいいな...と思うだけで終わってしまうのではなく、理由を言語化する癖をつけていけば、どんどん自分の「好き」の軸が見えてくると思います。
身軽さのある暮らしを叶えるために
----写真撮影、執筆、クリエイティブディレクションなどは、すべて「もの作り」に携わるお仕事だと思うのですが、ものを作っていきたいという想いも「好き」の軸のひとつなのでしょうか。
Murakawa:ものを作っていきたいというより、「好き」を軸に選ぶほうが得意かもしれません。また、日頃から「好きが仕事に繋がる」という意識があって、「好き」や「ワクワクする」感覚を軸に選択すると、目に映るすべてが可能性に溢れている世界に行けるような気がして。仕事は自分自身が身軽に選んだり、動いたりできるための手段なのかもしれません。写真撮影は基本的に現場へ行って撮ることが多いけれど、私は自宅撮影がメインなので、スケジュールも自分でコントロールしやすく助かっています。
----お写真でも「余白」が大切だとおっしゃってましたが、生活にも身軽さという「余白」が必要なんですね。今後、どのような活動をしていきたいか教えてください。
Murakawa:私、ずっと前から新月と満月の日にお願い事を書くようにしているんですけど、この家に引っ越してきて最初に書いたのが「暮らしにフューチャーされたい」ということでした。
「こうしたい」と思った時にすぐ行動に移したり、海外も躊躇せず行けたり、思いのまま自由に生きていたいというのが一番にあるので、その身軽さを得るために自分の暮らし自体がお仕事につながっていったらいいなと考えています。「この人の生き方気になるな」「選ぶものが気になるな」って思っていただけたらうれしいです。
Mai Murakawa(@maii_mrkw )
1982年長崎県生まれ。紙ものなどを中心に扱うアンティークショップでの経験とお菓子やさんを運営する株式会社ネネンのクリエィティブディレクターとして撮影・広報・企画・ウェブディレクション・新ブランドの立ち上げ、ギャラリーALNLMのキュレーション等を手掛ける。2019年独立。スタイリング撮影、ネーミング、ウェブやパッケージのディレクションなどを主に活動。また、13歳の頃から"はじめての感情を忘れたくない"と教科書の隅に詩を書きはじめ、詩人「月森文」としても活動中。不定期に開催するスナックマイのママも。
Writing by 石澤萌
Photo by 斉藤菜々子