滋賀県の南部に位置する信楽(しがらき)。自然豊かな山に囲まれた原風景が広がる信楽の町に2008年、陶芸家の大谷哲也さんと桃子さんご夫妻は根を下ろし、自宅兼工房の「大谷製陶所」を設立しました。

国内にとどまらず海外からも注目を集める大谷さんご夫妻は、毎日忙しない日を送りながらも心地よく自分たちの暮らしを楽しんでいました。「写真」についてじっくりと話しを伺った前編に続き、後編では仕事と暮らしが地続きにある日々での作家活動の両立、また今後10年、20年後を見据えた展望について教えてもらいました。

>前編の記事:撮る美意識、飾る温かさ。わたしの「写真と、ちょっといい暮らし。」大谷哲也さん・桃子さん 前編

台所を中心とした家作り

2302_01_02.jpgーー大谷さんの自宅の中で特に印象的なのは、なんといってもリビングと繋がる「台所」。広く切り取った窓からお庭も見渡せて開放感があります。設計される際には、どんなことを心がけましたか?

桃子さん:「なぜ器を作るのか」というところに繋がるのですが、私たちは夫婦揃って料理することが好きなんです。陶芸家の友人たちもやっぱり料理好きが多くって、ホームパーティを開催すれば、みんな自分で作った料理を自分たちの器に盛ってやってくるんです。2302_01_04.jpg

取材当日桃子さんが焼いてくれたアップルタルト。

哲也さん:前の家に住んでた頃から、我が家は居酒屋状態になるくらいお客さんが多かったんです。

桃子さん:台所は家族が日常的に集まる場所であり、友人たちが集まる場所でもあります。以前暮らしていた家の台所は、ふたりが一緒に作業するのが難しいほどの広さでした。毎日の暮らしの中でも、多くの時間を過ごす台所は快適なものにしたく、「台所に住む」というコンセプトで設計しました。

夫婦であり、作家仲間でもある

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ーーおふたりは夫婦ですが、親友のような雰囲気です。夫婦の関係性も、仕事が絡むと変わるものでしょうか?

桃子さん:いろんなことを一緒に進めてきたって感じかもしれないね。一人だったら無理だっただろうなということがたくさんあります。

哲也さん:僕はじっくり考えるタイプなんだけど、彼女は行動派。よし決めた!と思って言うと「え、もう進めてくれたの?」みたいなことがよくある。できることは任せていて、自然とお互いの役割分担ができています。


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それぞれの作品の写真は、自らで撮影。前編では、

学生時代からカメラに 親しんでいたというふたりに写真について話をお伺いしました。

ーーお互いの作品について意見したり、切磋琢磨しあったりということはあるのでしょうか。

哲也さん:「今の時代、暮らしに合ったものを作る」という気持ちはふたりともに共通しています。でも作家ってアイデンティティになる自分の陣地を見つけることも大事なので、作品の表現はそれぞれ違って当然。僕は「ろくろ」、桃は「絵を描く」っていう風に、それぞれ異なったアプローチで、アウトプットをしています。

桃子さん:インスピレーション源が同じでも、どのポイントでフォーカスするかはそれぞれで、違ったりするんですよね。

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哲也さん:展覧会や、海外に行ったりして、一緒に刺激を受けられるのは夫婦ともに作家であるメリットだと思います。僕たちは、常にそういった"燃料"になるものを取り入れないと作家として停滞してしまうと思うんです。

ーー仕事とプライベートの時間は厳密に分けていたりするのですか?

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外とのつながりを感じられる台所の窓からは、柔らかな自然光が入り込む。

こちらの場所で料理を撮影することが多いという桃子さん。

哲也さん:はっきりと決めてるわけではないけれど、「夜は仕事しない」と決めています。子どもが小さい頃は、朝4時から仕事してその分早めに切り上げていました。今では子どもたちが大学生になって家にはいないけれど、早起きは習慣になっています。

桃子さん:山の中でのんびりと作陶しているといったイメージをもしかしたら持たれるかもしれません。実際は器を作ることも、家事をすることも、庭や畑など整えることも全てが仕事なので、案外忙しなく過ごしているんです。ですがそれも全部含めて、日々の暮らしを楽しんでいますよ。


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自宅と工房をつなぐ空間に作られたギャラリー。

工房を増築する前はこちらの展示室が仕事場だったそう。

若い作家から「子育てと仕事の両立」について聞かれることがよくあるのですが、子どもがいてくれるから頑張って稼がなければいけない、生活をなんとかしなければいけないっていう、モチベーションが生まれるんですよね。

哲也さん:もともとふたりとも「作家として有名になるぞ!」っていう野心があったわけではないので、夫婦ふたりだけで暮らしていたらもう少し仕事のスタイル違ったかもしれません。

桃子さん:例えば、長期で旅行にでたり、海外で暮らすとかもいいね。

若手を育てて信楽を盛り上げる

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工房で働くお弟子さん。哲也さんは、近い将来「大谷製陶所」で

働く人を増やしていきたいと教えてくれました。

ーー「大谷製陶所」はこれからどこを目指していくのでしょうか。10年、20年後のビジョンをお聞かせください。

哲也さん:陶芸を取り巻くコミュニティや信楽の町全体を盛り上げていきたいと思っています。弟子を取るようになったのもそういった背景があります。弟子のみんなが仕事できる作業場や寮を用意したり、工房としての仕事を考えたり、今はそういった地盤固めに取り組んでいます。

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桃子さん:全国的にみても、後継者が少なくなって続けていけない産地が多いんです。それを解決しようと思ったら、楽しんで働ける環境を作るべきだと考えたんです。「楽しそうだから、やってみたい」と思ってもらえるような、そういう空気を作っていくのが大切だと思います。

残念なことに信楽の子どもたちに将来の夢を聞くと「陶芸家になりたい」って子はほとんどいないんですよ。信楽はこれだけ陶芸の町として知られていて、身近に陶芸家がたくさんいる環境なのに。


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哲也さん:それはパッと見た感じ、大人が楽しそうに仕事している姿をみることが少ないことも原因だと思うんですね。モノづくりの現場って、とても厳しいんですよ。実際に力仕事も多いし、泥だらけになることもある...。でもそういうプロセスを経て、作り出すことに大きな喜びを感じることができて、作品を通して多くの人に幸せを感じてもらうことができる素晴らしい仕事だと思うんです。子どもたちには、毎日の地道な作業の先にあるキラキラした部分を伝えたいと思っています。

弟子たちをはじめ、「こうなりたい」と思ってもらえるような暮らしと仕事の在り方を感じとってもらえたらいいなと思っています。

大谷製陶所

陶芸の産地である滋賀県・信楽に、2008年開窯した大谷哲也、桃子ご夫妻の自宅兼工房。国内外で展覧会を行うふたりの拠点となっている。

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大谷哲也さん (@otntty

京都工芸繊維大学・工芸学部造形工学科意匠コース卒業後、滋賀県信楽窯業試験場に勤務。2008年より、桃子さんと大谷製陶所開窯。白い磁器を使った器や土鍋を中心に制作。

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大谷桃子さん(@otnmmk

両親が陶芸家でその姿を見て育つ。オレゴン州立大学(アメリカ)卒業後、滋賀県立信楽窯業技術試験場釉薬科・同場小物ろくろ科に在籍し、1999年より各地で作品を発表する。植物の姿を描いた粉引の器を制作。

Photo by 斉藤菜々子

Writing by 木薮愛

WALL DECOR(ウォールデコ)
お気に入りの写真をパネルにできるサービスWALL DECOR。どんな写真にもマッチするシンプルなデザインで、飾る場所も限定しません。大谷さんは「ギャラリータイプ」で制作。サイドのテープ、マット台紙ともにブラックに揃えてモダンな雰囲気の一枚に。
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