20代の頃から写真家として活動し、現在は岡山を拠点に国内外を旅しながら撮影されている中川正子さん。自然な表情を捉えたポートレートや光を生かしたランドスケープ写真を得意とし、雑誌、広告、アーティスト写真や書籍などいろんなジャンルで活躍中。生活のワンシーンを独自の感性で切り取ったInstagramでは、写真のみならず文章でも多くの人の心を惹きつけています。

「写真と文章、どちらも世界の見方を伝える手段」と語ってくださった中川さん。世界を見つめる「目」は、いかにして育まれているのでしょうか。前編では、中川さんの生活にとって欠かせない写真や文章のこと、旅をテーマにお話をお伺いました。そのお話からは、表現をし続ける理由、中川さんのクリエイティブの源が垣間見えました。

日々のSNS投稿が、写真と文章の筋トレに

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お子さんの写真が印象的に飾られているリビング。
2012年に写真集発売時に開催した写真展のために作成したパネルだそう。

----中川さんの写真や文章は、混じり気なく、とてもみずみずしく感じます。中川さんにとって「写真を撮ること」と「文章を書くこと」は、どのような意味がありますか?

中川さん:写真と文章、どちらも私にとっては自分の世界の見方を伝える手段です。ただしビジュアルと言葉では、届き方が違いますよね。写真はすごく余白があって、私がどう感じたのかという部分は受け手に届くこともあれば、届かないこともあります。でも、それが写真のいいところ。写真と同じように、文章も全部説明しきるのではなく、受け手の隙間を残したような書き方ができればいいなと思っています。

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日記を覗かせてもらっているような気持ちになる、中川さんのInstagram

----中川さんは、ほぼ毎日のようにInstagramを投稿されていますよね。それは無理なく自然とできていることなのでしょうか?

中川さん:毎日やろうと決めているわけではなく、自然と言いたいことが溢れてきます。ただ同時に、写真と文章の筋トレだと思っているところも。息子が生まれて1年くらいは仕事の量を減らして、「写真の筋肉」が劇的に落ちたなと思ったことがありました。それまでは撮りたいものが当時使っていたカメラの画角で見えていたくらい、常に写真のことを考えていました(笑)。そうした"写真を撮るための目"が出産後にごっそりなくなってしまったんです。これはまずいと思い、リハビリのつもりで1日1枚、自分のために撮ることを決めました。当時はフィルムで現像する必要があったので、名作と思える、とっておきの1枚を。「名作」とは人から見た評価ではなく、自分の納得がいった作品という意味です。その頃から毎日撮った写真をブログに上げていて、SNSに移ってからも続けています。

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お寺のご住職が作られた日めくりカレンダーをめくって、一日が始まる。

----発信するときに、「届ける相手」の存在は意識されていますか?

中川さん:「私はこういう風に世界を見ているけど、みんなはどう?」とちょっと尋ねるくらいの意識ですね。写真も文章も、根っこには「自分を知りたい」という気持ちがあるので、誰のためかと問われれば、100%自分のため。結果的にそれを皆さんに見ていただいて、共感いただくことも増えて、なんてありがたいんだろうと思っています。

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取材当時、夢中だとおっしゃっていたアゲハチョウの育成。
ベランダのレモンの木に棲みついた幼虫を、虫かごに移住させたのだとか。

大切にしているのは、私にとって"嘘がない写真"

----写真を撮るときはどのような思いで撮られているのでしょうか?

中川さん:フィルム時代は無限に撮れるわけではなかったので、「一球入魂」というような「一シャッタ一入魂」のマインドがありましたよね。今はデジタルが主流となり、シャッターを連打してその中から選ぶというスタイルもいいとは思うのですが、私の場合は大事なものが薄まってしまう感覚があって。デジタルであってもフィルムと同じように、その一瞬をちゃんと見て「いいな」と思ったら押す、という風にやりたいなと思っています。

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今回中川さんが作成した2つのWALL DECOR。
小さな頃から被写体となっている息子さんは、カメラを向ければ自然と良い表情をしてくれるそう。
WALL DECOR(ウォールデコ) / カジュアルタイプ スクエアmini

----仕事とプライベートで、撮ることへの意識は違いますか?

中川さん:仕事とプライベートで、あまり境界を作らないようにしています。写真は「真が写る」と書く通り、私の考え方が写るものであり、私がブレていたらブレが写ってしまう怖いメディア。だからいつも「私にとっての本当」が写るように、ということを心がけています。私にとって、嘘がないということですね。

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----20代からご活躍されてきたなかで、さまざまな変化もあったのではないでしょうか?

中川さん:この間も息子がハマっているTikTokの動画を教えてくれたのですが、圧倒的わからなさに直面しました(笑)。SNSはわかっている気になっていたのですが、感覚を大事に仕事をしてきた人間にとって、「何がいいのかわからない」というのは結構な恐怖。わからないものができてしまったという事実を認め、そうであっても自分の強みはどこなのかということをアップデートしていきたいです。メディアもカメラの機材もどんどん変化していくので、時代に合わせてやり方を変えていくということは常に心がけています。

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中学1年生の息子さん。数年後には彼らが文化のコアになる、そんな意識があるそう。

旅先での"未知との遭遇"によって、自分を深く知りたい

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取材時に中川さんが淹れてくださったお茶は、昨年行ったタイで購入したものだそう。

----国内外を飛び待っている中川さんですが、旅も変化の刺激となっていそうです。

中川さん:2020年からついこの間まで、旅ができなくなった3年がありましたよね。それまでは当たり前のように数ヶ月に1回は海外へ行っていたのですが、失って初めて旅の偉大さを思い知りました。コロナ禍で旅って何だろうと考えていたのですが、やっぱり未知なものの中に飛び込みたいという気持ちがあるんです。知らない場所に行って、知らない言葉を聞いて、不自由な環境で自分がどう反応をするのか見てみたい。言葉が全く通じないとかスリに遭うとか、そういうハプニングを含めて冒険ですよね。目をつぶっても歩けるようなストレスのない場所だと出てこない自分の反応に、旅では出会えるんです。

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----旅ができない時間を、どのように乗り越えたのでしょうか。

中川さん:コロナ禍に近所の山を登り始めたのですが、今思えば、旅で得ていたものを補完する動きだったと思います。昔は中途半端な都会っ子だったので、山なんて全然興味なかったんです。でも息子と一緒に初めて山を登ったときに、近くにこんな未知なる場所があるなんて!と驚きました。ふと足元を見るとモグラが死んでいたり。すぐそこに当たり前に死があるんです。普段は清潔な暮らしの中で、鳥も魚も切り身で届けられることに慣れていますよね。死は遠くにあるような気がしてしまっているけど、死があって生がある。そんなことを近所の山で思い知らされました。

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中川さん:もちろん山登りがブラジルに行って帰ってくることとイコールではないのですが、植物の様子を見て、気配を感じて......という行為は異文化コミュニケーションの枠に入れられるものだったと思います。植物への解像度がすごく高まり、未知との遭遇という意味でも満足感がありました。異なるものと接しては自分自身を今一度見つめ直す、ということの繰り返しだなと思います。


後編では、大きな転機になったという岡山移住のお話や、ご自宅の空間づくりで大切にされていることについてお聞きし、中川さんの人生哲学を探っていきます。


中川正子さん(@masakonakagawa
横浜市出身。大学在学中にカリフォルニアに留学。写真と出会う。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告、アーティスト写真、書籍などいろんなジャンルで活動中。2011年3月に岡山に移住、国内外を旅する日々。主な写真集に「新世界」「IMMIGRANTS」「ダレオド」など。小説家・桜木紫乃さんとの作品を今秋に出版予定。

Writing by 佐藤文子
Photo by 斉藤菜々子

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