世界はやさしい光に包まれている――つい、そんな風に信じたくなる中川正子さんの写真。パートナーが設計されたご自宅にはたっぷりの光が差し込み、あたたかで平和な空気感が漂います。
前編では、中川さんの生活にとって欠かせない写真と文章、旅を中心にお話を伺いました。後編では、東京から岡山への移住による心境の変化やご自宅の空間づくりなどのお話を通じて、中川さんの人生観を深掘りしていきます。
受け身だった自分に気付かされた岡山移住
----東京から岡山へ移住された中川さん。移住のきっかけを教えてください。
中川さん:きっかけは2011年に起きた東日本大震災です。当時、息子は0歳11ヶ月で、夫は4月から岡山の大学で仕事をすることが決まっていました。夫だけが二拠点生活を始めようとしていた矢先に震災が起き、私も一旦東京を離れようと思い、彼の岡山行きに乗っかったという感じです。岡山を移住先として選ぶ方は多いですが、私は受け身で選んではないんですよね。
----当時、東京と岡山とのギャップに戸惑ったりはしませんでしたか?
中川さん:子供の頃は、東京という大都会が眩しく見えていましたが、大人になり働き始めて原宿に住んだときは、商業的すぎて自分にとっては生活する場所でないことに気づいて。徐々に落ち着いた街を好むようになり、大都会よりも暮らしやすい場所を求める気持ちはすでにあったんです。でもやっぱり岡山に来た当初は、物理的に"ないもの"に目を向けてしまい、自分が欲しいのにここにはないものをリスト化していました。
中川さん:でも移住して1ヶ月ほどが経った頃に、カフェだったり洋服屋だったり、自分でお店をやっている友達と出会う機会がばーっと増えて、そんな気持ちは霧散しました。彼らは何もないところにゼロから土俵を作ってしまう、すごい人たち。私は東京という色んな人が作りあげた、どでかい土俵で相撲を取っていたに過ぎず、何も成し遂げていないのに思い上がっていた自分に気付かされました。岡山で「ないもの」を探しているうちは、施設やお店など誰かが作ってくれた場所を求めていて、非常に受け身的な楽しみ方でした。確かにないものもある。けれど、ないなら作ってしまおうという能動的な姿勢の方がかっこいいなって思いました。
----岡山でかけがえのない出会いがたくさんあったんですね。
中川さん:人との出会いもあるし、自然の存在も大きかったです。今住んでいるところは、山まで歩いて5分、街中も自転車で10分という、自然とも街ともすごくいい距離感なんです。よく「岡山に移住した人」として一括りにしていただくことがありますが、冬には大雪が降る県北に住んでいる彼らは勇者であり、私は快適な街暮らしをしている、いいとこ取りの人間。全然違うジャンルなんですよね。
家はみんなが集まって楽しい場所に
----たっぷりの光が差し込むご自宅もとても素敵です。お家の空間づくりについては、どのようなこだわりを持たれていますか?
中川さん:自宅は夫が設計してくれました。まずは好きなように設計してほしかったので、細々したことは言わなかったのですが、とにかく明るい家にしてほしいということは伝えました。そのため窓の開口部は大きく、明るい白が基調になっています。細かいことを挙げると古いものや植物が好きだとか色々あるのですが、みんなが集まって楽しい場所にしたいなとは思っています。その象徴として、キッチンはど真ん中に。家族や友達と、みんなで料理をするのが好きです。
----リビングの目立つ場所に、息子さんの写真をどーんと飾られているのが印象的です。
中川さん:これは2012年に出版した『新世界』という写真集に入っている写真です。とても気に入っていたので、写真展で飾ったパネルをそのまま飾りました。息子はたまにこれの横に立って、同じ顔をしたりしています(笑)。このときから12年経って、もう13歳になりました。同じ目だけど全然違う顔つきで、いつもかわいいを更新しているなって写真を見ると思います。
いつも目にする場所には「人生は素晴らしい」と思えるものを
----今回富士フイルムのWALL DECOR(ウォールデコ)を作成していただきましたが、選んだ写真について教えてください。
中川さん:ベッドルームに家族写真をたくさん飾っているのですが、赤ちゃんの頃と成長した最近の写真の間がなかったので、4歳と5歳のときの写真で作成しました。
----4歳と5歳で、たった1年なのに顔つきがまるで違いますね。
中川さん:4歳の方はまだ二拠点生活をしていた頃、千葉の実家で撮影しました。起きた瞬間、横で「おはよ」と言って座っていて、ちょっと待って超かわいい!と思って慌てて撮りました(笑)。その頃はそうした瞬間を逃したくなくて、いつも傍らにカメラを置いていました。実家だし、起きたてで寝癖があるし、変な洋服を着ているんですが、でもそういう気になることは全部一旦脇に置いて撮りたくなるくらい、かわいい!と思った瞬間でした。
5歳の方は誕生日に撮ったはず。誕生日は必ず写真を撮るようにしていて、4月生まれなので、河原の桜と一緒に撮りました。かわいいから前髪はずっとぱっつんにしていたけど、この頃から「前髪伸ばしたい」って言い始めましたね。
----WALL DECORを作ってみて、いかがでしたか?
中川さん:私は「カジュアル」タイプで作ったのですが、想像以上のクオリティでびっくりしました。元データの画素数がそんなに高くないにも関わらず、美しい仕上がりでした。色がどのように出るのか心配でしたが、ほぼ元データ通りの色だったので、さすが富士フイルムの底力だなと。今まで大切な写真は額装してきましたが、額装屋さんに行ってとっておきの額装を選んで・・・というのは時間もかかるし、やっぱり大変。その行為自体は写真を大切に扱うという意味で、気に入っているんですけどね。WALL DECORならオンラインですぐにできちゃうので、すごく助かります。友達の分まで、たくさん作っちゃいました。
----お家に飾るものにはどのようなこだわりがありますか?
中川さん:写真であれ絵であれ、日常的に目に入るものは人生って素晴らしいと感じられるものがいいなと思っています。例えば息子の写真を飾っていても、息子がちっちゃくてかわいいなだけではなく、この時がんばったから今があるなとか、彼の姿を通して当時のことを思い出すんです。人によってはクリエイティブな感覚を刺激するために絵や写真を飾る人もいると思うのですが、私はアートというよりも個人的な記憶として、人生は素晴らしいと何度でも思えるものを飾りたいです。
中川正子さん(@masakonakagawa)
横浜市出身。大学在学中にカリフォルニアに留学。写真と出会う。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告、アーティスト写真、書籍などいろんなジャンルで活動中。2011年3月に岡山に移住、国内外を旅する日々。主な写真集に「新世界」「IMMIGRANTS」「ダレオド」など。今秋、小説家・桜木紫乃さんとの写真絵本『彼女たち』をKADOKAWAより出版予定。また、今冬には自身初のエッセイ本の出版も。
Writing by 佐藤文子
Photo by 斉藤菜々子