スマートフォンやデジタルカメラの普及により、いつでも誰でも手軽に撮影を楽しめるようになった現代。「写真を撮る」ということは私たちの暮らしの一部となり、撮った写真を世の中に発信することも特別なことではなくなってきました。
巷に溢れる写真たちを眺めていると、ふと、撮影した人の日常や想いが垣間見える瞬間があります。気になるあの人は今この瞬間、何を感じているんだろう。写真を通じて、あの人の「今」を届けるこちらの企画。第2回目はオーストラリア出身のイラストレーター、エイドリアン・ホーガンさん。
1週間分の日常風景を映したチェキとイラストを元に、"普通の毎日"を掘り下げたからこそ見えてきた好きなものやこだわりについて、たっぷり語っていただきました。
エイドリアン・ホーガンさん
イラストレーター。オーストラリア・メルボルン出身。2013年に来日し、東京を拠点にフリーのイラストレーターとして雑誌、広告、書籍、壁画、絵コンテ、など幅広く手掛ける。主な仕事に、雑誌『POPEYE』、Starbucks Reserve Roastery Tokyo壁画、Lexus広告など。
Instagram:@adehogan
アトリエについた取材スタッフをフランクな笑顔で迎えてくれたエイドリアンさん。「スケッチブックと色鉛筆は必ずバッグの中に。財布を忘れてもこれだけはいつも持ち歩いているよ」そう言って、最近のスケッチを見せてくれました。傍らに置かれた赤と黒のペンケースの中には、たくさんの色鉛筆が。
鮮やかな色彩と、モチーフの背景にある情感まで伝わってくるような深みのあるタッチが見る人を惹きつけます。無機質な都心のビル群でさえ、エイドリアンさんのスケッチブックの上では、生き生きと表情豊かな姿で描かれるのです。
その瞳に、東京での日常はどのように写っているのでしょうか。さっそく、お話を伺うことにしました。
日々のスケッチの中で知る、日本らしさ
―普段、さまざまな雑誌や広告などに使うイラストを描かれているエイドリアンさん。通勤時間や、カフェでのコーヒータイムなど、仕事場以外でもスケッチブックを開くことが多いそうですね。スケッチすることで得られる気づきはありますか?
エイドリアンさん:朝の通勤電車内での人物スケッチは仕事に取り掛かる前の指先のウォーミングアップ。外で描くことはインスピレーションが刺激されるので、時間の許す限りスケッチしています。同じ風景でも、そのときそのときで発見があるのがおもしろいです。
描いていて気付くのは、日本人ならではの所作や動作。スマートフォンの画面を操作する指先が上品だったり、口元に手を当てて話す女性の姿に日本人らしさを覚えたり...。いつもと同じ風景の中でも、描きながら「あ、これって"日本ならでは"だな」と気付くことが多々あります。
日々の暮らしの中でのスケッチが、イラストの仕事での参考になることも多いんです。
―そうなんですね。イラストにもいろいろなタッチのものがありますね。
エイドリアンさん:最近は素早く描ける色鉛筆を使うことが多いですが、描きたいものや表現したいものに合わせて、色鉛筆、水彩、マジックペンなど使い分けています。水性サインペンは"東京っぽい"色だなと感じるし、以前フランスを旅行した際は、"フランスらしい"ブルーの色鉛筆で描きました。
―その場所のイメージによって、表現を変えることもあるんですね。
エイドリアンさん:オーストラリアにいたときは、ベージュっぽい色を使うことが多かったんです。でも日本に来て使う色が変わったように感じます。日本で最初に暮らした青森では、「すごい!こんな緑色があるんだ!」と見たことのない色に出会えてびっくりしました。そして「どうやってこの色を描こう?」と。とても感動しましたね。
プレゼントや手紙代わりとして...バリエーション豊かな写真の活用方法
―日常的にスケッチをする傍ら、チェキや写ルンですで写真を撮ることも多いそうですね。
エイドリアンさん:オーストラリアの大学で、イラストと写真の勉強もしていたんです。最近は友人と過ごした「楽しい時間の記録」としてチェキを使います。携帯電話のカメラだと、その後見返すことなく埋もれていってしまうことも多いので、チェキや写ルンですなどの「形に残る写真」が好きです。撮影した写真はその日の思い出として、一緒に過ごした友人にプレゼントすることもあります。
デジタルカメラは手軽で便利ですが、チェキなどのフィルムカメラは枚数が限られているので、「何を写したいのか」をじっくり考えさせてくれる。撮ることのおもしろみがありますよね。
最近も、日常の風景を写ルンですで撮って、そのまま封筒に入れてオーストラリアの家族に送りました。手紙の代わりですね(笑)。文字だけでなく写真が語ってくれることって多いと思うんです。
―今回見せていただいた最近撮った写真に写っているモチーフには、建物や街中の風景も多いですね。
エイドリアンさん:仕事の資料にしたい建物や風景と出会った時に、スケッチする時間がない場合は写真に残すこともよくあります。ビルの合間に差し込む陽の光など、形を変えやすい光や影は、写真で捉えておいてイラストの参考にすることも。
―エイドリアンさんの日常の風景とともに、イラストレーターとしての感性を刺激してくれたものが、この写真に収められているということですね。
エイドリアンさん:そうですね。でも反対に「なぜそのシーンに感動しているのか分からない」という瞬間にもシャッターを切ることがあります。後で見返すと「この部分のコントラストにインパクトを感じた」と、頭の中でよりクリアに「感動した部分」が見えてくるんです。
フラットで迷路のような日本の高速道路、美しい光など、これまで出会ったことのない風景と向き合った時、瞬時に絵に表現できないことも。そんな時も「記録」として写真に収め、あとから見返すことで頭の中でその情報を噛み砕き、イラストにすることができます。
イラストは言語に並ぶ「コミュニケーションツール」
―エイドリアンさんにとって「イラスト」とはどんな存在ですか?
エイドリアンさん:イラストは、 "コミュニケーションツール"でもあると思っています。
イラストレーターとして働き始める前、青森県で英語教師として働いていた時期がありました。「言語が違ってもイラストで会話をすることができる」と気づかせてくれたのはそこでの経験から。当時は日本語もそれほどうまくなかったのですが、イラストを通して子どもたちとコミュニケーションを取ることができました。
東京で仕事を始めてからは、立ち飲み屋さんに行って地元のおじいちゃん、おばあちゃんと会話することも楽しみのひとつに。美しい場所はどこにでも見つけられるけど、そこに住む人の話を聞くことで、その場所を描いた時、絵の深みが増す気がするんです。さまざまな場所、人との出会い、仕事の経験...そのすべてが描く絵を豊かにしてくれています。
イラストはコミュニケーションツールのひとつであり、コミュニケーションを通して豊かに変化していくものでもある...10年後、20年後にはさらに"味のある"イラストが描けるようになっていたいですね。
撮影の最後、アトリエから見える風景をスケッチしてくれました。サラサラと動く色鉛筆から描かれる鮮やかな風景がとても印象的。
エイドリアン・ホーガンさん、素敵なお話をありがとうございました!
Photo by 土田凌
Writing by 佐藤有香