ブラジリアン柔術の道場「カルペディエム」の代表として奮闘する毎日を送りながら、中判フィルムで撮影した家族の写真をInstagramにポスト。その写真の数々が見る人の心をつかんで放さない石川祐樹さん。2014年には先天性の心臓疾患を持って生まれた愛娘との日々を綴ったフォトエッセイ『蝶々の心臓』を発表し、話題を呼びました。

2022年夏現在、石川さんのInstagramにアップロードされた家族の写真は1500枚以上。石川さんはなぜ家族の写真を撮り続け、発信し続けるのでしょうか。その理由を探るべく、前編では「写真との出合い」にフォーカス。撮り始めたきっかけはもちろん、いい写真とは何なのか、その価値観を左右した人物との出会いにも迫ります。

「お父さん、写真を撮りましょう」

---- 石川さんといえば、心臓疾患を持って生まれた愛娘・真優ちゃんについて綴られたフォトエッセイ『蝶々の心臓』が有名です。そもそも写真を始めたきっかけは何だったのでしょう?

2207_02_02.jpg

フォトエッセイ『蝶々の心臓』表紙

石川さん:それはもう、完全に娘です。娘が生まれた翌日のことでしたね。心臓に先天性の病気があることが分かって、産院から救急搬送されることになって。今まさに、救急車が産院へ向かっているというタイミングでした。先生が一眼レフを持ってきて、「お父さん、写真を撮りましょう」って言ってくださって。

正直、呆然としました。先生は「娘さんの姿を残してください」と言っているんだ、と。そのときに一眼レフを差し出されるがまま、シャッターを押したことが始まりです。搬送先の病院で一命を取り留めたものの、いつ亡くなってもおかしくないという状況でした。娘がもし死んでしまったら、彼女が幻になってしまう気がしたんです。それからですね、本格的に写真を撮り始めたのは。

---- 当時の様子はフォトエッセイにも綴られていますが、改めて壮絶ですね。

2207_02_03.jpg『蝶々の心臓』より写真提供

石川さん:だからこそ、僕は写真に救われました。娘の病気のことばかり考えていると、本当につらくて...。でも、写真を撮っている間だけは、その苦しさから解放されていた気がします。夢中になれたことで救われたんです。

2207_02_04.jpg『蝶々の心臓』より写真提供

しかも、次第に欲が出てきたんですよ。娘との時間を残したい一心だったのが、もっとうまく撮りたいという気持ちが湧いてきて。ずっとデジタルカメラで撮っていましたが、娘が2歳になった頃にフィルムで撮り始めました。

---- そうだったんですね。石川さんには、中判フィルムの印象が強くあります。

石川さん:撮っているうちに面白くなってきて、写真教室に通い始めたんです。これといった理由もなく選んだのが、瀬戸正人先生の教室でした。先生にはものすごく影響を受けました。今も写真を撮り続けているのは、瀬戸先生のおかげだと思います。

大切に撮りたくなる感覚が、むしろ潔くて

---- 瀬戸正人先生。数々の賞を受賞されている写真家ですね。

石川さん:偉大な写真家とは知らず、本当に偶然、先生の教室を選んだんですよ(笑)。でも、これが大正解でした。僕としては写真の技術を学びたくて、教室に通い始めたんですが、瀬戸先生の講座では、技術に関する指導は一切しない。講義のほぼすべてが、生徒が撮った写真の講評なんです。

2207_02_05.jpg『蝶々の心臓』より写真提供

これが僕の性に合っていたんでしょうね。教室に通い始める前は、正直、写真なんて誰が撮っても一緒だと思っていました。でも、それは違った。撮る人それぞれに個性があって、フィルムで撮るのかデジタルで撮るのか、その選択すら個性ですよね。僕がフィルムで撮り始めたのも、同じ教室に通っていた先輩の影響です。フィルムって面白いんだな、って。

---- フィルムの面白さとは、どこにあるのでしょう?

2207_02_06.jpg

石川さん:やっぱりデジタルだと、バーッと数を撮りますよね。そこから気に入った1枚を選び出して、残りは削除するという作業です。でも、フィルムだとそうはいかない。1枚撮るごとにお金がかかるし、現像だって大変です。撮りながら確認することもできないから自ずと慎重になるし、一枚一枚を大事に撮りたくなります。

この大切に撮りたくなる感覚が、むしろ潔くて。「今だ!」という一瞬に狙いを定めるからこそ、直感的に撮れます。それにフィルムで撮り始めてからは、技術的には失敗している写真も好きになれました。フィルムの場合、それなりに距離を取らないとピンボケしますよね。でも、ピンボケの写真も意外に良くて、WALL DECORに選んだ1枚もピンボケです。

ピンボケでも、目をつぶっていても愛おしい

2207_02_07.jpg---- 真優ちゃんとママのお写真ですね。引き込まれるような1枚です。

石川さん:10年も前に撮った写真です。当時の心の動きもシチュエーションも、ありありと覚えています。妻が娘をぎゅっとしていて、とにかく撮りたくて。でも、部屋がめちゃくちゃ狭くて、後ろに下がろうにも下がれない(笑)。その結果がピンボケでしたが、とても気に入っています。

例えば、目をつぶってしまった写真も同じだと思うんです。撮影のタイミングとしては失敗なのかもしれない。でも、その表情が愛おしい。これがデジカメのように枚数が撮れると、ついついきれいな写真を選んでしまいます。すると最終的には、つまらない写真になってしまう気がして。

---- そのときにしか撮れない1枚。一瞬を切り取るという、まさに写真の醍醐味ですね。

石川さん:フィルムのほうが、その醍醐味がより色濃い気がします。それにフィルムって、暗い場所では撮れないじゃないですか。おかげで、頻繁に旅に出るようになりましたね。暗い場所では撮れないから、仕方なく外に出る。僕は元来、めちゃくちゃ出不精な人間なんです。それが今や、写真のおかげで立派な旅好きです(笑)。

パッと見て終われない"毒"のある写真

---- なるほど(笑)。確かに石川さんのInstagramには、旅の写真がたくさんあります。そうした写真の数々は多くの人の心を捉え、フォロワーは1万人以上。

2207_02_08.jpgご家族で奄美大島に旅行されたときのお写真(石川祐樹さんのInstagramより)

石川さん:ありがたいですよね。でも、僕の写真が評価いただけているのは、写真のクオリティー云々ではないと思っていて。あくまでも病気の娘を被写体にしたからです。娘は生きるために必要な大手術を経て、今は普通の生活を送っています。それなのに何を撮っても言われるんです、「お父さまの愛を感じます」って。

写真に愛は写らない。僕はそう思います。愛を感じるという評価は"病気の娘"という構図の上に成り立っているんです。娘の病気をきっかけに写真を撮り始めた僕は、その構図から逃れられない。でも、どんな風に感じてもらっても構いません。評価軸はけっして一つではなく、写真には見る人それぞれのストーリーが宿ります。そこが写真の良さだと思うから。

---- すると石川さんご自身にとっての"いい写真"とは、どのような写真なのでしょう?

2207_02_09.jpg獰猛なまでに口を広げたカバと、うっすら笑みをたたえたサーカス団員の女性。

互いのコントラストの妙が"毒"を感じさせる1枚は、 石川さんが「一番好きな写真家」と話す名越啓介氏の作品。

石川さん:これも瀬戸先生の影響ですね、毒のある写真が好きです。瀬戸先生は「写真って毒がないとダメなんだよ、いい写真には必ずといって毒があるんだよ」と言うんです。毒といっても、解釈の仕方は人それぞれだと思います。ただ、結局のところはストーリーなのかもしれない。パッと見て終わりにできず、何かが引っ掛かる。写真に潜んだストーリーを深読みしたくなる1枚が好きですね。

力いっぱい駆ける娘の姿を自分の目で見たかった

---- 深読みしたくなる写真が好きな石川さんの撮る写真を、見る人が深読みする。改めて写真の面白さを感じます。

2207_02_10.jpg石川さん:確かにそうですね(笑)。そうした写真の面白さを教えてくれたのは、やっぱり瀬戸先生です。最近はカメラを持たずに出掛けることも多いし、持って出掛けたとしても、1枚も撮らずに終える日が少なくなくて。なぜかというと、これも瀬戸先生の教えです。いわく、「撮らないことも大事だよ、いくらでも撮っていると写真が下手になるよ」と。

---- 闇雲に撮ってはいけない、撮る瞬間を見極めなさい、ということでしょうか?

石川さん:見極めるというより、「しっかり目で見なさい」という意味だと解釈しています。何年前だったかな、カメラを持って娘の運動会を見に行ったんです。でも、走る娘の姿は撮らなかった。ファインダー越しではなくまっすぐに、自分の目で見たかったんです。そのとき以来、瀬戸先生の言った「撮らないことも大事」の意味が理解できた気がします。

写真を撮ることと見ることは、けっして同時にはできない。瀬戸先生がおっしゃっていたのは、そういうことだと思います。つまりはファインダーを通さず、見る目を肥やしなさい、ということですよね。それに気がついてから、僕の写真は少し変わったと思います。撮る頻度は明らかに減ったのに、いいと思える写真が増えたんです。

愛娘の病気をきっかけに写真を撮り始め、写真と真摯に向き合い続ける石川さん。それでも「本業は柔術。写真はあくまでも趣味です」と言い切り、柔術道場「カルペディエム」の代表としても発信を続けています。そこで後編では、石川さんが「発信を続ける理由」にフォーカス。お楽しみに。

石川祐樹(@yuki_ishikawa_photo

1975年生まれ、福岡県出身。アリゾナ州立大学在学中にブラジリアン柔術と出合う。競技者として柔術に向き合いながら、指導者として道場「カルペディエム」を設立。プライベートでは2児の父。第一子である長女は先天性心臓疾患を持って生まれ、娘の姿を残そうと写真を撮り始める。2014年に自身初のフォトエッセイ『蝶々の心臓』を上梓し、以降もInstagramを中心に写真を発表。その写真は高く評価され、小説の表紙にも採用されている。

Writing by 大谷享子

Photo by 上原未嗣

WALL DECOR(ウォールデコ)
お気に入りの写真をパネルにできるサービスWALL DECOR。どんな写真にもマッチするシンプルなデザインで、飾る場所も限定しません。石川さんはギャラリータイプで制作をされました。おうちにはギャラリータイプと同じく、シロ枠に黒い帯のついた額縁がたくさん飾られており、お部屋の雰囲気ともぴったり合っていました。
この記事をシェアする

New
最新の記事