私たちが前田エマさんを見つける時、それは彼女自身であることもあれば、そうでないこともあります。それは、彼女がモデルとしてだけでなく、写真や文章、ペインティングや朗読など、多彩なフィールドで表現活動を続けてきたから。
今回は、前田エマさんの表現方法のひとつである「写真」にフォーカス。彼女が街を歩きながら『写ルンです』で撮影した写真とともに、これまでの活動を振り返るインタビューをお届けします。前編では、写真との出会いや、幅広い表現の源となったエピソードなどを伺いました。
カメラを持って歩いたら、世界の見え方が変わった
---- 前田エマさんのSNSをさかのぼってみると、かなり前から「写真」を表現として発信されていることがわかります。写真を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
前田さん:高校1年生の秋ぐらいに、学校に行かなくなった時期があったんです。通っていた高校は「勉強をしていい大学に行くのが人生の成功」という価値観で、それが合わなくて...。その頃、ちょうど女性向けのカメラ雑誌が流行っていたり、女優さんが出演されているカメラのCMを見かけたりして、「かわいいな、私もカメラを持って外を歩いてみたいな」って思ったのが最初のきっかけでした。
---- 写真を撮ることで、自分自身に変化はありましたか?
前田さん:それまでは、学校にも行かず、ずっと家にいて、ベッドの中で1日が終わるみたいな生活をしていました。「何もしてない、どうしよう」っていう罪悪感が常にあったんです。でも、ある時カメラを持って近所を歩いてみたら、世界の見え方がガラッと変わりました。木漏れ日が風でそよいで影が落ちている、そういうありふれた風景も、カメラを持っていることでまったく違う景色に見えたんです。それからは毎日外に出て、写真を撮るようになって。やっとベッドに籠る日々から脱出できた、みたいな感じでした(笑)。
---- その当時は、どんなカメラを?
前田さん:最初は、おもちゃみたいな「ジュースカメラ」と呼ばれているトイカメラでした。そのカメラを持って、家のそばにある川辺を散歩して。それからは少しずつ、本格的なカメラに興味を持つようになりました。
高校生活で感じた違和感のおかげで、自分がどういう世界に行きたいのか、どういう価値観の人たちと一緒に生きていきたいのか、気づくことができたのかなと思います。
写真そのものよりも、撮る人の哲学に惹かれる
---- 写真を始めた頃に撮っていた写真と、今の写真は、どう変化していますか?
前田さん:当時はひとりで過ごすことが多くて、アルバイトもしてないから遠出もできないし、家のまわりで風景ばかり撮っていましたね。もともと音楽、映画、ファッションなどのカルチャーがすごく好きだったけれど、写真を始めたことでカメラマンさん、スタイリストさん、ヘアメイクさんの存在を意識するようになって。そうすると雑誌の見方も変わってきて、ものをつくる人たちの世界に憧れて...ものづくりの卵がたくさんいる美大に行こうと思ったんです。
大学では父のすすめで油絵科に進んで、絵を学びましたが、本当は写真や映像、映画に興味があったんです。そこで校外の写真のワークショップに通うようになりました。そこでフードエッセイストの平野紗季子さんと出会いました。その紹介で写真家の奥山由之さんや、現在のカルチャーを作っているような人たちとの出会いがありました。「色んな世界を見れて、色んな人と出会えて、写真をツールにしてこんなに面白い世界を知れるのか」と興奮するような体験が重なって、自分のやりたいことも明確になった。写真を通して、世界が開かれていくような感覚でした。
---- 写真を介してさまざまな出会いを経験するなかで、前田さんはどんな写真に惹かれてきましたか?
前田さん:「こういう写真」っていう共通点はあまりないんです。作品そのものも好きだけど、どんな人が撮っているか、その人の持っている哲学やテーマが気になって、そういうことを知るのも楽しい。その人のことが知りたいって思える写真が好きですね。
お金がなくても、写真を残すことで心が満たされた海外生活
---- 前田さんは、旅の写真をよく撮られていますね。
前田さん:そうですね。大学4年生の頃にオーストリアのウィーンに留学したのですが、やっぱり言語の壁もあったし、1人でいる時間も多かったのでスナップ写真をたくさん撮っていました。当時はヨーロッパでバックパッカーもしていて、お金もないし、おいしいものも食べられないし、お土産なんて何も買えなかったけど、撮った写真だけは私にとって、とっておきの財産だったんです。写真が残ったことで、貧乏旅行でも心はすごく満足していた。その頃から文章を書くお仕事とかも始めていたので、写真や文章を残すってことを意識するようになった最初の体験だったのかなと思います。
---- 高校生の頃から、1人でいるということと、写真を撮るということがつながっているんですね。
前田さん:多分、人を撮るよりも、旅や日常の中で写真を撮ることが私にとって自然なことで、自分と世界との対峙みたいな感覚なんだと思います。もともと他人にあまり興味がなくて、自分がどれだけ自分を楽しんでいられるのかが大事だから(笑)。
でも、高校時代からずっと撮り続けている女の子がいるんです。その子と、自分の弟だけはずっと撮っています。最初の頃は彼女の性別もわからずにずっと惹かれていました。もう出会って10年くらい経ちますが、ずっと謎の多い素敵な人です。今も1年に1度だけ会って、撮らせてもらっています。彼女のことはどれだけ一緒にいてもわからないし、だからこそ撮りたいと思う。これからも撮り続けたいと思っています。
旅に出るからこそ、日常を確かめられる
---- 今回は、前田さん自身にも「写ルンです」を使って撮影をしていただきました。普段から「写ルンです」を使うことはありますか?
前田さん:はい、よく使っています。とくに海外旅行に行く際は、軽くて持ち運びやすいし、現地の人に「ちょっと撮ってください」ってお願いする時も簡単だし...そういう便利さが創作において重要なのかなって。誰でも始めやすいから、誰が撮っても似た印象になりがちではありますけどね。でも、だからこそ自分の力量が試される部分もあって、個性を出すためにも面白いカメラだと思います。
---- 使うカメラによって、撮りたいものは変化しますか?
前田さん:あまりカメラに執着はないんですけど、海外ではチェキを使うのも好きですね。もう二度と会うことがない人に写真を渡せるって、すごく魅力的なことだから。そしてデジタルかフィルムかでも私は撮りたいものが変わりますね。情報としてパッと残せて、すぐにスマホに飛ばせるのはデジタルの強み。
でも、やっぱり旅先にはフィルムを持っていきたくなります。特に「写ルンです」は充電の心配もないし、気温で動かなくなることも少ない。写真家の石川直樹さんは、南極点などの極地に行かれるときも胸ポッケに「写ルンです」を入れておくと何かの記事で読んだことがあります。さっと取り出してすぐにシャッターを押せる、そういう実用性もいいんですよね。
---- 生活の中の日常と、旅先での非日常も、写真を撮る楽しみですね。
前田さん:旅に出ることは、普段の東京での日常を確かめることでもあると思うんです。自分にとってどれだけ仕事が大事なのか、自分がどうしてここに住んでいるのか、何を大事にして生きていきたいか、そういうことを確かめられるのが私にとっての旅。旅先のほうが心がシンプルになって、撮りたいと思える瞬間も増えるような気がします。人間って何でもすぐに忘れちゃうけど(笑)、「忘れないでいられる期間」を少しでも長くしたいと思う人間の切なさと切実さが、写真という存在には含まれているように感じることもあります。
前田エマさん
1992年生まれ、神奈川県出身。東京造形大学、ウィーン芸術アカデミーなどで美術を学び、在学中からモデル、写真、エッセイ、ペインティング、朗読など、さまざまな表現方法で発信を始める。卒業後もモデルとして活動しながら、個展の開催、アートやカルチャーイベントへの参加、雑誌での執筆連載など、幅広く活躍中。
撮影協力:Briki no Zyoro
〒152-0035 東京都目黒区自由が丘3丁目6−15
自由ヶ丘の住宅街にある「Buriki no Zyoro(ブリキのジョーロ)」は、季節の花やグリーンをはじめ、ちょっと珍しい植物にも出会える花屋さん。ブリキ雑貨やアンティーク家具など、お部屋のイメージングになるアイテムたちも所せましと並んでいました。
Photo by 秦和真
Writing by 坂崎麻結