賃貸でありながら、居心地のいい、整った住まい。徹底した収納もいいし、しまわずに楽しく整えながら暮らすこともできる。大事なことは、自分たちのルールで暮らしを楽しむこと。アイデアとセンスを活かした収納上手を訪ね、十人十色の整理整頓術を教えてもらう連載です。
第1回目に登場するのは、料理や縫い物を通じた心地よい暮らしを提案する"暮らし家"として活動する塩山奈央さん。ぬか床のハウツーを丁寧に、きめ細やかにまとめた著書『ぬか漬けの教科書』も人気です。そうした暮らし家の住まいには、暮らしを豊かにする収納術がいっぱい。そのアイデアを覗きに、塩山さんのお宅を訪ねました。
いびつな構造の住まいも、少しずつ手を加えて整える
暮らし家----。あまり耳慣れないフレーズですが、東京で暮らす塩山さんのお宅を訪ねてみると、その意味がありありと見えてきます。賃貸物件でありながら、旦那さんとの二人三脚で完成させたキッチンは見るからに動線が整えられ、整然と収納された料理道具には、たっぷりと使い込まれた経年の表情が宿ります。
そうした塩山さんのお宅には、新品の家具は見当たりません。6年ほど前に引っ越しをし、今の住まいは築40年を数える、いわばヴィンテージ。前のお宅で使用していた家具のほとんどを持ち込み、今の住まいにフィットするようにつくり変えています。
住まいに合わせた新品を購入するのではなく、そこに住む家族が快適に暮らせるように手を加える。これが"暮らし家の暮らし"なんだ、と思わずにはいられません。
「快適に、心地よく暮らすために大事にしているのは、頻繁に使うものはもちろん、あまり使わずとも目に触れていたいものは、きちんと目に留まる場所に収納すること。自分にとって大切なものは、ついつい引き出しの奥にしまいがちですよね。でも、しまっていては存在が希薄になります。目に付く場所にあってこそ、しっかりお手入れできますから」。
大事にしまい込むのではなく、お手入れを繰り返しながら、長く側に置いておく。これも暮らし家こその考え方なのかもしれません。そんな塩山さんは、実は引っ越しが大好き。現在の住まいに暮らす6年という歳月は、かなりの長期間に当たるそう。
「私にとって引っ越しは、旅行みたいなもの。遊牧民のように家財を背負いながら憧れの土地を目指し、そこに住み着いては心地いい暮らしを築き上げたい。この繰り返しが楽しいし、単に物件を見て周るのも好きなんです。今の住まいも築40年ですが、昭和の家は面白い。今とは平均身長も耐震基準も違うから、設計が面白いんですよね。変なところに柱があったり、妙に梁が低かったり(笑)」。
ちょっぴりいびつな構造の住まいをも、心地よい場所につくり変えていく。塩山さんのお宅に潜んだ暮らしのアイデアを知ったなら、今、手元にある暮らしの道具を大切に、愛でるような暮らしをしたくなるはずです。
塩山さん家の間取り図。63平米。
子どもの絵をアートに昇華させる"切り貼りと額装"
塩山さんのお宅には、娘さんのお絵描きがそこかしこに。型にはまった価値観にとらわれることのない子どものお絵描きはそれだけで目を引きますが、飾るときに一手間をプラスすれば、アート性がさらにアップ。その方法が、塩山さんが実践する"切り貼りと額装"です。
娘さんが描いた複数のお絵描きを塩山さんが切り抜き、1枚の紙にコラージュ。これを額装すれば、アートポスターさながらの仕上がりに。型にはまらない子どもの感性と、シンメトリーやグラデーションを知る大人の共作ともいえます。
額装せずとも、切り抜いたお絵描きを壁に貼るだけでも独創性が際立ちます。両面テープで貼り付けると次第に剥がれ落ちてしまいますが、服飾業界ではおなじみの"シルクピン"なら心配ご無用。画鋲はもちろん、まち針よりも細く、絵を邪魔しないのと同時に壁の刺し跡も気になりません。
とっておきの写真には"遊び心"を添えて
「これは今の家に引っ越す前、娘が2歳のころに撮った写真。以前、近所のイタリア料理屋さんからトリュフをお裾分けしていただき、贅沢なトリュフがけパスタを食べている1枚です。2歳児って、本当においしそうにご飯を食べるんです。まるでパスタに挑むような表情が、たまらなく愛おしくて」。
娘さんは、現在小学4年生。塩山さんはお子さんの思い出が詰まった1枚をWALL DECOR(ウォールデコ)に仕立てました。壁の広い余白に飾るのではなく、周囲に飾った雑貨やドライフラワーに紛れ込ませるようにディスプレイ。
塩山さんがWALL DECORに選んだもう1枚は、家族で訪れた石垣島の写真。
「実はこれ、元々は古い携帯で撮った縦位置の写真なんです。海をバックに撮った家族写真から海の風景だけを切り抜き、横位置にトリミングしています。それだけに粗い仕上がりになるのは想定内でしたが、画像の粗さがどんな効果を生み出すのか、見てみたくて」。
その結果が、まるで絵画のような仕上がり。ぼやけたような海や雲の輪郭が油絵のようなニュアンスを醸し出し、絵の具をベタ塗りにしたような色彩が、海の青さを強調させています。
棚の奥にしまった食器の存在も忘れない"棚板の足し算"
「飲食店にも負けないくらいの器を所有しています。それだけに使わない器も少なくなくて。でも、私にとってはどれもが大事。頻繁に使うことはなくとも、"少しでも見えている"ことが重要なんです」。
そう話してくれた塩山さん。大量の器たちは古道具店から掘り出した棚に収納されていますが、購入した棚をそのままには使わないのが塩山さん流。棚の内側に板をプラスし、収納スペースを拡張しています。のせる板の奥行きを浅めにすることで、下段の奥に収納した器も目に付きやすく、取り出しもスムーズに。
隠すことと見せること、お互いの"メリハリ"を大切に
悩ましいのが、インテリアと子どもの玩具のバランス。同様のお悩みを抱えた過去を持つ塩山さんは、玩具は徹底的に隠すという選択をチョイス。イスの右隣に見える大きなボックスが、玩具専用の引き出し。引き出しにはキャスターを付け、隠しつつも取り出しやすい仕様に。
その反面、デザイン性の高い玩具は見える場所にディスプレイ。壁の色に合わせ、白く塗装した棚板を設置し、玩具専用のウォールラックに。行進するように並べられた玩具の動物たちは、オブジェさながら。
収納をクリエイトする"ソーホースブラケットと端材"
塩山さんのお宅には、既製の家具がほとんどありません。"しまう"でご紹介したユーズドの棚がそうであるように、既製であっても手を加えたものばかり。一からつくるにしても、手を加えるにしても、つくり手は旦那さんです。
この収納ラックは、以前のお宅で愛用していたテーブルを活用したもの。テーブルの脚を短くカットし、新たにソーホースブラケットの脚を設置。脚の内側に角材を打ち付け、棚板をのせれば、テーブルの足下が収納棚に。収納はつくれる、増やせることを教えてくれます。
汚れやすい場所のお掃除を容易にする"かさ上げ"の方程式
なかでもDIYの要素を強く感じられるのがキッチン。キッチンの壁に設けられた棚も、旦那さんによる手づくりです。高く積み重なったせいろから小さなお椀までぴったり気持ちよく収まるのは、DIYだからこそ。
DIY初心者にもトライしやすいのが"かさ上げラック"。この方法は、油の飛び散りが多いコンロ脇で特に活躍。調味料を直置きせずに済むため、お掃除の手間が省けます。
生活に密着した場所だからこそ、オブジェのための"飾り棚"
「キッチンに飾った鳥のオブジェは、どれもがお気に入り。汚れやすい場所ですが、同時に私が長く身を置いている場所でもあります。鳥たちがふと目に触れるたび、幸せな気分になれるんです」。
利便性も機能性も高めてくれるキッチンのDIYですが、そこにオブジェを置くための"飾り棚"もプラスすれば、使いやすさのみならず、心の充実感まで高めてくれます。
キッチンツールは強度と美しさを兼ね備えた"真鍮パイプ"に
旦那さんのDIYによって塩山さんにぴたりと寄り添うキッチン。なかでも利便性と機能性を高めているのが、こちらの吊るす収納です。
でも、小鍋まで吊るすとなれば、かなりの強度が必要。そこで愛用しているのが"真鍮のパイプ"。真鍮なら強度もしっかり、これだけのキッチンツールを吊り下げてもしなりません。同時に「経年変化を楽しめるのも真鍮のいいところ」と教えてくれました。
ドライフラワーは、"クリップ"なら簡単
梁の低いお宅にお住まいの方は、ぜひ試してみてください。塩山さん流のドライフラワーのつくり方は、とっても簡単。ゼムクリップを画鋲に引っかけ、お花を挟むだけ。
ちなみに黄色いミモザの花束は、塩山さんのお宅の庭に咲いたもの。引っ越し好きの塩山さんは住まいの家具も、庭の植木も一緒に移動。あらゆる住まいの道具と共に引っ越せるのは、既製品に頼り切らない、暮らしのアイデアがあるからです。
Photo by 斉藤菜々子
Writing by 大谷享子
塩山奈央さん
パタンナーを経て、料理や縫い物を通じた心地よい暮らしを提案する"暮らし家"に。現在は書籍や雑誌などを中心に活躍し、自身が提案する暮らしのアイデアを直に伝えるワークショップを行うことも。著書にぬか漬けの魅力を伝え、下ごしらえから道具の選び方まできめ細やかにまとめた『ぬか漬けの教科書』(世界文化社)などがある。