人々の暮らしに溶け込む写真のあり方を問う新連載、わたしの「写真と、ちょっといい暮らし」。記念すべき第1回にご登場くださるのは、若き写真家として注目を集める原田教正さんです。

原田さんは都内某所にて、編集者の奥さまとふたり暮らし。原田さんが暮らすご自宅にお邪魔してみると、そこは表情豊かな家具や道具、写真や絵画に彩られた心地いい空間。この独特な心地よさの根底にあるものを原田さんご自身は「潔さ」と表現しますが、写真と暮らしについてお話を伺うと、写真が暮らしにもたらす力が見えてきました。

人も食べ物も風景も、一直線に見えることがある

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2020年12月10日に発表した自身初となる写真集『Water Memory』

---- 写真を撮り始めてから12年の節目に、写真集『Water Memory』を発表された原田さん。この12年間に撮りたいものは、どう変化してきたのでしょう?

原田さん:写真を撮り始めた16歳から今の今まで、そんなに大きくは変わっていませんね。家族とか、食べ物とか景色とか、特定の対象やテーマに向けて「撮りたい」という衝動が生じるわけではないので。そもそも被写体をカテゴライズするという感覚がなく、日頃から自分が見ていること、感じていることと、目の前に起きた出来事が何か重なると感じたときに撮っている、という意識なんです。

---- すると原田さんの写真に写し出されるのは、原田さんご自身の心象風景?

原田さん:いや、心象風景ともちょっと違って、もう少し淡々と物事を見ています。どんな被写体でも、僕のなかでは撮る動機やその根底に感じるものは同じです。どんなものを撮ろうと、結果としては自分がどう生きて、どう物事を視ているのかが写る。目の前の被写体が、ほかのさまざまな事柄にも共通する何かを秘めていたり、点と点が線に、あるいは何かを貫く一本線のように見えたり。そうした瞬間に「撮りたい」という衝動に駆られるし、一言では説明ができないと感じるものに、被写体としての魅力を感じますね。

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そもそも僕は、写真に心は写らないと思っているんです。写真も心も、そんな簡単なものじゃない。もしも写し出されることがあるとするなら、それは瞬発的な、一瞬の感情ではなく、本当に何年も思い続けてきたこと。ああでもない、こうでもないと考え続けてきたことの積み重ねが、ほんの少しだけ写るか写らないか、だと思うんです。

---- では、原田さんはご自宅でシャッターを切られることはあるのでしょうか?

原田さん:あまり撮らないです。携帯ではたまに撮りますけど、カメラではあまり撮りません。誰かと過ごす時間にしても、出掛けるときにしても、楽しいときには楽しむことに注力したい。だから、なんとなく記録的な意味としては、写真を撮ろうという気持ちにならなくて。

ただ、プライベートでも3・4ヶ月に一度くらいは、撮りたい衝動に駆られることもあります。夫婦や友人関係、仕事と暮らしのバランスなどにしても、日々は刻々と、少しずつですが変わっているはずなんです。それがふと、「変わらないな」とか「厚みを増したな」と思う瞬間がある。撮りたいと思うのは、そういう表情を見つけたときだったりしますね。

暮らしの道具から視線を感じたとき、ふと撮りたくなる

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---- 先ほどの「写真に心が写るとすれば、何年もの積み重ねが少しだけ」というお話に重なりますね。そして原田さんのお宅には、素敵なインテリアがいっぱい。彼らが被写体になることは?

原田さん:あまり被写体としては意識していませんが、家にあるインテリアや物を撮りたくなるときには、向こうから何かを訴えかけてくるような感覚があります。イスや照明、急須や花器にしても、妙に視線を感じる瞬間があって。

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部屋の片隅に静かに佇む、形見分けのイス。このイスが時に何かを訴えかけてくる

例えば、このオレンジ色のイス。料理家のフルタヨウコさんの形見分けとして、譲り受けたものなんです。フルタさんには本当にかわいがっていただいて、今でもそこに気配を感じることがあります。そんなときに「あ、撮りたいな」と思いますね。ほかにも今日のように曇天で鈍い光のなかでも、ちょっとしたものから「何か話しかけられているな」と思ったり、話しかけられていなくても、賑やかな明るく心地の良い雰囲気を感じたりするとふとそこに目が向いたりします。

---- 原田さんの暮らしには、そういった暮らしの道具がいっぱいありそうですね。どれもが味わいに満ちています。

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原田さんが13年越しに手に入れた、深澤直人さんデザインの照明『AMAMI』

原田さん:気に入ったものばかりですね(笑)。この照明には、とても縁を感じています。実は最近、10年越しに手に入れた照明なんです。プロダクトデザイナーの深澤直人さんがデザインされていて、当時、『hinism(ヒニスム)』というフォトアートマガジンに掲載されていたものです。10年前となると、僕が写真を始めて間もない頃。ページを繰った瞬間、心を掴まれました。

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『AMAMI』が掲載されていたのは2007年発行の号。左ページの端には確かに付箋が

でも、当時学生だった僕には、到底、手が届かなかった。大人になってネットなどで探し当てても、実物を見ることができず。それが今年7月にオープンした『IDÉE TOKYO』で偶然、見つけたんです。もう、すぐに購入しましたね。この照明を初めて見たときから、本当に欲しくてたまらなくて。このページに付箋まで付けているくらい。

写真も道具も生活も。全ては選び取ることの積み重ね

---- なんて素敵なエピソード!そうした道具に囲まれた原田さんの暮らしは、とても豊かに映ります。

原田さん:僕は暮らしの豊かさって、あまり考えたことがなくて。仕事と暮らしに境目がなく、そこまでゆっくり過ごす時間もない。撮影と現像の繰り返しで、毎日バタバタとした生活です(苦笑)。でも、何でしょうね...そうした生活のなかでも、"選ぶ"ことが大事だなと思います。

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写真を撮ることも、選ぶという行為ですよね。何を撮るのか、たくさん撮ったなかでどれを作品として残すのか。写真というと、よく「切り取る」という表現のされ方をしますが、僕としては「選び取る」のほうが適切だと思っていて。全ては自分自身の取捨選択の積み重ね。それは暮らしの道具を選ぶのも一緒で、僕は「何でもいいや」にはしたくない。

---- 確かに自分自身で選んでこそ、愛着が湧きますね。

原田さん:そうですね。愛着が湧くし、自分で選んだのだから、潔く暮らすことができます。「何でもいいや」と選んだ家具や道具では、ふと目に入ったときに「何だ、これは。どうして、こんなものを買ってしまったんだ」と思いかねません。そういう感情にとらわれるのは、単純に嫌じゃないですか。

これは暮らしの道具も洋服も、食事も写真も全てが一緒。人の暮らしはひとつの例外なく、日々の取捨選択から成り立っていると思うんです。だから、僕にとっての豊かなくらし、いい暮らしって、自分で選び取り、その選び取ったものに囲まれた生活なんだと思います。それを教えてくれたのは、様々な先輩方でした。

穏やかな景色の先に、「穏やかさとは何か」を考える

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---- 部屋に写真を飾ることについても聞かせてください。富士フイルムのWALL DECOR(ウォールデコ)をお試しいただきましたが、今回、選ばれた写真は、どのような1枚なのでしょう?

原田さん:イサム・ノグチさんが設計された、モエレ沼公園で撮った写真です。いつか訪れたいと思いつつ、今年の11月にようやく行くことができました。モエレ沼公園って、本当にいろんな人が撮っているんですよ。それだけに改めて撮る必要もないかなと思っていたのが、実際に訪れてみると「撮りたい」という感情が湧いてきました。

イサム・ノグチさんの設計には、宇宙を感じます。目の前の光景から、暗く遠いところまで通じていそうで、その存在感に「撮りたいな」と思いました。こうやって額装してみると、また印象が変わりますね。山の傾斜も雲の流れも、きれいにプリントされていると思います。

---- 原田さんの写真集『Water Memory』は、ポスターもしくは額装プリント付きの限定版も出されていましたね。これもやはり、飾るという前提でしょうか?

原田さん:そうですね。ありがたいことにポスター付きは完売してしまいましたが、僕の写真を選んでくれる人がいるなら、ぜひ飾ってほしいと思います。部屋にどんな写真を飾るのか。それを考えることも、選び取るという行為のひとつです。それに写真にしても絵にしても、部屋に何かを飾ることは、新たな窓を作ることだと思うんです。

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---- 窓を作ること?

原田さん:そう、窓を作ること。一度窓を作ると、その向こうの景色とずっと付き合っていくことになります。写真や絵を飾ると、作品の向こう側を考える時間が生まれてきます。

例えば、美しい写真を延々と見続けていると「穏やかだな、美しい景色だな」という思いの先に、今度は「穏やかさとは何か、美しさとは何なのか」という思考が自然と生まれてくる。そうやって額の中では止まっていた時間が、誰かのなかで何らかの変化になってまた進んでいく。そういう意味で、思考を生むための窓を作るのと同義だと思います。

変わらない存在を撮り続けた先に、変化を知る

---- ハッとさせられるお話ですね。景色も写真も絵画も思考を生み出す窓となり、その前段階、何を飾るのかを選ぶことも、生活を豊かにしていく、と。

原田さん:そうかもしれません。だからというか、日本にもっと写真を飾る文化が根付けばいいなと思うし、作家の写真をもう少し自由に買えて、それを飾れるようなあり方が根付けばいいな、とも思いますね。なかなか難しいこととは理解しつつ、そこに一枚の写真が飾られていると、写真と人が一緒に歳を重ねていける。なので、写真を飾る文化はもう少し僕からも広めたいというか。

---- ありがとうございます。今日は「写真を飾る」ということに対し、新たな意義を教えていただきました。それでは最後に、『Water Memory』について聞かせてください。

原田さん:写真を始めてから丸12年。これまで撮りためた写真に、新たに撮り下ろした作品も織り交ぜながら編んだのが『Water Memory』です。12年という歳月を経ながらも、自分がこれまで視てきたことを形にできた本だな、と思います。

僕は変わらない存在を求めて撮り続けてきたし、その代わり映えのなさが、逆説的に変化を教えてくれもします。新しさに埋もれてしまい、見落としがちな些細なことに気付いていただけたら嬉しいです。とは言え、写真集を手に取ってくれる方には、自由に見てもらえればいいので、自由に見て、自由に感じていただければとも思います。

原田教正さん

写真家、1992年東京都生まれ。武蔵野美術大学在学中より、フリーランスの写真家として活動を開始。一度の出版社勤務を経て独立。雑誌・広告・カタログなどの撮影を主軸に、企画・編集を手掛けるユニット『点と線』主宰。2020年12月10日、自身初の写真集となる『Water Memory』を発表。

Photo by 上澤友香

Writing by 大谷享子

WALL DECOR(ウォールデコ)/ミュージアム メタル
お気に入りの写真をパネルにできるサービスWALL DECOR。どんな写真にもマッチするシンプルなデザインで、飾る場所も限定しません。原田さんは、白い大きな壁に、とのことで大きめのA2サイズ相当を選びました。
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