デンマークのコペンハーゲンで暮らしながら、写真家・映像作家として活動する松浦摩耶さん。これまでテキスタイル作家カリン・カーランダーさんのドキュメンタリーや、インドの手仕事を追った連載など、ものづくりの現場と北欧の暮らしを写してきました。

冬の日照時間がとても短いデンマークでは、生活空間を彩るアートやインテリアが切実な意味を持つ、と語ってくれた松浦さん。自分を支えてくれるような「本当に好きなもの」を部屋に飾ることで、日々を乗り越えていくことができるのだといいます。

今回はコペンハーゲンの風景や人、居住空間を撮影した彼女の作品とともに、暮らしと写真について語っていただいたインタビューをお届けします。

"そのままの美しさ"を記録するということ

2203_01_02.jpg

---- 写真をはじめたきっかけはありますか?

松浦さん:いちばん最初にカメラに触れたのは3歳くらいのときで、祖父のものを貸してもらった記憶があります。そのフィルムカメラはそのままもらって、今でも使っているんです。子どもの頃は「写ルンです」で日常の写真を撮ったり、学校にコンパクトデジタルカメラを持ち込んで授業中にこっそり撮影していたこともありました(笑)。当時から、「今、この瞬間を残しておきたい」という気持ちが強かったのかもしれません。

---- 写真は独学で学んでいったのですか?

松浦さん:基礎的なことは、大学の写真部で学びました。フィルムで撮っていたので暗室に入って現像したり、留学先で写真の授業を受けたことも。卒業してからは編集者として出版社で働きながら、写真も並行して撮っていました。2019年の秋ごろからは、完全にフリーランスになっています。

編集者をしていた頃から自分が見たものや感じたことを人に伝えたいという気持ちはあったのですが、文章を書くことに苦手意識がありました。私は言葉よりも写真や映像のほうが、空気感、温度、匂いなどを伝えられるんじゃないかなと思ったんです。

---- 写真と映像の使い分け方や、撮るときに意識することがあれば教えてください。

松浦さん:写真は瞬間を切り取ることができるものですが、映像は何かが起きてから撮っても、はじまりの部分がないと意味をなさないという感覚があります。私の場合はドキュメンタリーのようにずっとカメラを回して出来事を待つので、忍耐力と集中力が必要。撮るのをやめた瞬間に何かが起こったりすることも、よくあるんです(笑)。

2203_01_03.jpg

2203_01_04.jpg大事だなと思うのは、その場の空気を壊さないこと。相手にもなるべく「撮られている」と意識してほしくないので、美しい瞬間が消えてしまわないように、自分が透明になっているような状態が理想です。レストランでも「パシャッ」っていうスマホのカメラ音がその場の空気を壊してしまう気がするので、できるだけ一回で撮るようにしています。

---- 松浦さんの作品を見ていて、ドキュメンタリーの人なんだなとすごく感じました。どこかの日常風景を、自分の目で見ているような感覚になれるというか。

松浦さん:そうですね、絵コンテを書いたり、構成を決めて撮るタイプではないと思います。物撮りをするときも、最初にぱっと置かれたそのままの状態がいちばん美しいと感じるので、部屋の撮影ではなるべく片付けないでほしい(笑)。何かがそこにあるっていうことには必ずその人なりの理由があるので、それを写したいんです。

デンマークへの移住を決めた大きな出会い

---- 映像作品では、何日もかけて撮ることが多いですか?

松浦さん:デンマークのテキスタイルデザイナー、カリン・カーランダーさんの映像は、もう2年以上撮っています。カリンさんのドキュメンタリーの撮影というのは、デンマークに引っ越したきっかけでもありますし、いちばん長く撮っている作品ですね。

2019年の夏に5日間ほどカリンさんのアトリエに滞在し撮影したショートフィルム

with Karin Carlander from Maya Matsuura

---- カリンさんを撮りたいと思ったのは、どうしてですか?

松浦さん:カリンさんとの出会いは2017年頃で、「こういう素敵な人がいるから連絡してみたら」と紹介してもらったのが最初でした。彼女のアトリエはコペンハーゲンから少し離れた森のなかにあって、海沿いの通りを自転車で1時間くらいかけて行く場所。そのアトリエを一目見たとき、なんかもう、ぐっときてしまったんです。

カリンさんは現在63歳。小柄でよく笑う、すごくチャーミングな人なんですよ。そういうところにも惹かれたし、アトリエにも素敵な光がさしていて、おしゃべりしながらたくさん写真を撮りました。それからは彼女が展示で来日したときに一緒に日本を旅したり、また私がコペンハーゲンに会いに行ったりと交流が続いていて。「カリンさんの暮らしや、仕事をもっと間近で見たい」と思うようになって、引っ越すことに決めました。

2203_01_05.jpgテキスタイルデザイナー、カリン・カーランダーさんのアトリエでの様子。

---- 作品を制作しながら、友人としても交流を深めていったんですね。

松浦さん:そうですね。今も週に一度は彼女のところに行っているので、なんだか歳の離れた親友のような、家族のような存在かもしれません。デンマークの織物や工芸の話をしたり、美味しいパンを食べたり... 撮影するはずがお茶だけで半日終わってたということも多々ですが、そんな時間が好きなんです。

2203_01_06.jpgカリンさんのアトリエからの景色といつものお茶の様子。

---- 北欧の街や人に対して、松浦さんが感じている魅力はどんなところでしょうか。

松浦さん:特にデンマークで感じるのは、心の余裕というか、「不幸にならないシステム」が国としてきちんとあるということ。人々の悩みを減らし、不幸の原因になってしまうものをできるだけ少なくしようとしている。居心地がいい空間や気分を表現する「Hygge(ヒュッゲ)」という言葉があるのですが、「どうやったら心地よく暮らせるか」をそれぞれが真剣に考えている結果だなと思います。

たとえば大学院までの学費がかからなかったり、医療費が無料だったり。老後のサポートもしっかりしていますし、アーティストへの助成金が充実しているのも素晴らしいなと思うポイントです。そういう安心して暮らせるベースがあるからなのか、みんなどこかリラックスしている。ここに暮らす人に流れるおだやかな空気が、そのまま街に溢れているイメージです。そのぶん税金は高いし、物価も日本と比べてだいぶ高いですが、公園や水辺でピクニックをしたり、ホームパーティをしたり、セカンドハンドで買い物をしたり、お金を使わずに楽しく過ごすのがスタンダードになっています。

長い冬を越えるためのアートとインテリア

2203_01_07.jpg---- アートとの距離感も、日本と比べると近いのでしょうか?

松浦さん:美術館で小さい子どもがお父さんと一緒に絵を描いている姿をよく見かけますね。ルイジアナ美術館も有名ですが、床に絵を描いていい展示があったり、おおらかな美術館が多いような気がします。また、この秋に開催されたコペンハーゲンマラソンの後には、歩行者天国になっていた道路で、子供たちが自由にチョークで絵を描いているところにも遭遇しました。そのとき、さらにこの街が好きになりましたね。

2203_01_08.jpgあとはやっぱり「家を飾る」っていうことへの気合いや、アンテナの張り方はすごいなと感じます。周りにいる友だちを見ていても、古いポスターを見つけてきたり、彫刻やタペストリーを買ったり、色々な方法でアートを楽しんでいるのが伝わってくるんです。

2203_01_09.jpg松浦さんの友人は、ペインティングなどのアート作品を飾っている人が多いのだとか。

---- デンマークの冬は日照時間が短く、家で過ごす時間が多いそうですね。

松浦さん:それは本当に、切実な理由です(笑)。真冬は15時には真っ暗になりますし、朝でも照明やロウソクが必要なくらい曇っているんですよね。だから部屋に明るいものがないと悲しくなってきてしまう。おしゃれがどうっていうよりも、生きるためにアートやインテリアが必要なんです。みんな新品を買うよりも古いものを探したり、環境に対する意識もしっかりある。

ものづくりをしている人は特に、「どういうものを作るべきか」っていうことをすごく真剣に考えているように見えます。 そういう環境だからこそ、本当に好きなものや、自分を支えてくれるものしか部屋には残らない。自分の分身みたいなものに囲まれて生活しているという感覚があります。だからスタイルっていう言葉に収まらないその人の歴史や物差しが、部屋から見えてくるんです。

2203_01_10.jpgお店のショールームや美術館もインスピレーションに。

---- 日本では「北欧の暮らし=おしゃれで素敵なもの」というイメージがありますが、そういう切実さは暮らしてみないとわからないことですね。

松浦さん:そうですね。私自身も「北欧のヒュッゲな暮らし」というのを雑誌などでは見てきましたが、実際に引っ越してみると、「ああこれは生きるために必要だったんだな」と実感しました。アンティークの置き物ひとつにしても、家にあるだけで気分を変えてくれる 。毎日そういった身の回りのものに対して「ありがとう」と感謝しながら冬を乗り越えています。北欧ではみんなそうやって、冬のために、自分自身のために、部屋を飾っているんじゃないかなと感じるようになりました。

"自分自身に向き合う時間"を持てる暮らしを

---- 松浦さん自身も、写真やアートを飾っていますか?

松浦さん:デンマークのタル・アールというアーティストの「Red House」という作品のポスターを飾っています。郊外の美術館で展示をやっていたときに、友だちと自転車で行ってきました。なんだか元気の出る、力強い感じが気に入っています。

2203_01_11.jpg松浦さんのお部屋に飾られているAnn Veronica Janssensのポスター(左)

Tal R「Red House」のポスター(右)

部屋にものを飾ると、「自分はこういう人なんだ」と気づけたり、自分自身の変化に敏感になれるような気がします。デンマークに来てからは時間に余裕もできて、家で過ごすことも多いので、色々なことを考えるようになりました。とくに冬は内省的になったり、自分自身をじっくり観察することが増えています。

2203_01_12.jpgよく行くセカンドハンドにて

いつか写真をプリントして飾るために、密かにアンティークのフレームを集めているとのこと。

---- それによって、撮る写真も変わってきますか?

松浦さん:そうですね。やっぱり天気というか、光によってこんなに気分が変わるんだというのは、日本では気づかなかったことです。光がないと影ができないので、影を見つけたり、暗闇のなかに淡い光があると嬉しくて、写真を撮りたくなるんです。太陽じゃなく、月の光で植物に木漏れ日のような影ができているのを見つけたときは、狂ったように撮りました(笑)。そういう風景も、北欧の魅力のひとつですね。

2203_01_13.jpg---- 「こういう時間が日本にもあったらいいな」と思うことはありますか。

松浦さん:「自分の気持ちに向き合う時間」というのは、もっとあったらいいなと思います。教育や社会、習慣みたいなものが影響するので、簡単には言えないのですが......。自分が何をしたいのか考える前に、とりあえず大学に受からなきゃとか、就職しなきゃとか、時間に追われている感覚があるなと思います。

2203_01_14.jpg

ベッドサイドの壁には「お守りのような存在」だというポストカードを。

デンマークでは教育なども含めて、大人になってもじっくり考える時間や余裕がある。私よりも5つくらい上の友人は、最近仕事を辞めて大学院に行き始めました。もともと大学での専攻はアートだったのですが、今は物理を学んでいます。また、私のルームメイトに赤ちゃんがいるのですが、2歳くらいでもう何が好きか、何がしたいかなどを選ばせているのを見ていて、すごいなと思います。さっきのインテリアの話にもつながってきますが、「自分はどうしたいか」っていうことを、子どもの頃から考えているのかなと。

---- それは暮らしのすべてに通じる、大事なことですね。 最後に、今後の活動や暮らしについて、考えていることがあれば教えてください。

松浦さん:カリンさんのドキュメンタリーは、今後も続けていきたいと思っています。彼女が織物を学んだというフランスを一緒に旅したり、リネンを育てる畑や工場にも行ってみたい。そのなかでカリンさんが気に入ったものや、彼女に関わるものを集めて、一緒に上映会ができたらいいなと考えています。

それから、写真のプリントもしっかりやってみたいと思っています。スクリーンのなかだけじゃなく、ずっと見ていられるものとして、自分の写真が誰かの家に存在するってすごく面白いこと。今年はそういうことにも取り組んでいきたいですね。

松浦摩耶さん (@mayanoue

1993年生まれ、東京とコペンハーゲンを拠点に活動するフォトグラファー。ISSEY MIYAKE〈HaaT〉のインドでの手仕事を追った『インドの手仕事、それは未来』(講談社mook「PERFECT DAY」)や、デンマークのテキスタイル作家カリン・カーランダーのドキュメンタリーなど、ものづくりや暮らしをテーマに撮影・映像制作などを行なっている。

Photo by 松浦摩耶

Writing by 坂崎麻結

この記事をシェアする

New
最新の記事