暮らしに溶け込む写真の価値を問う連載、わたしの「写真と、ちょっといい暮らし。」第10回は、松陰神社前の商店街で作家物の雑貨や器、洋服や生活用品などを扱うセレクトショップ「This___」の店主、石谷唯起子さん。「何をするにも深く考えずに始めてしまうんです」と笑う石谷さんは、あれこれ計画するよりも、好きなものを集めたり作ったりしながら、自分自身やお店が変化していくのを楽しんできたといいます。
アートディレクターでもある彼女が店内に並べるのは、ポルトガルやニュージーランド、日本の手仕事品、彼女の周りにいる作家たちの作品、そして自ら制作したオリジナルのプロダクトなど。見た目の美しさはもちろん、"生活のなかでどう使うか"をすぐにイメージできるようなちょうどいい距離感のアイテムは、見ているだけで嬉しくなってきます。
お店づくりと同じように、写真もその瞬間の光や影を感じながら、直感的に撮るのが好きだという石谷さん。WALL DECOR(ウォールデコ)でプリントした家族の写真を眺めながら、好きなものと働くこと、暮らすことについて語っていただきました。
お店よりも先に、人の縁をつなぐ"場"が生まれた
---- 「This___」のオープンは2017年ですが、どんなきっかけで始めたのですか?
石谷さん:結婚を機に大阪から東京に出てきたんですが、最初はフリーランスでデザインの仕事をしながら、石けんや香りのブランド、ベビー向けのブランドなど、いくつかのブランドを自分で手がけていました。その商品を置くための倉庫や、自宅や、シェアオフィスなど、拠点がいくつもあったので、それをひとつにまとめたいなと思っていました。
そんなときに松陰神社前の商店街にたまたま空き店舗が出たので、あまり考えずにパッと決めてしまって(笑)。私自身も大阪の商店街沿いで育ったので、松陰神社前商店街の雰囲気はとても落ち着くし、店舗の裏に小さな公園もあってすごく気持ちいい場所だなと思ったんですよね。
---- お店ができるよりも先に、さまざまなものが集まる"場"が生まれたんですね。
石谷さん:そうですね。周りにいる素晴らしいクリエイターたちの作品や、私が素敵だと思うものごとを、この街のごく身近なママ友や近所の方々に見てもらえるようなスペースになったらいいなとぼんやり思っていました。そのとき、ちょうどポルトガルの手仕事を紹介する『CASTELLA NOTE』という活動をしている女の子たちと出会って。彼女たちと一緒にポルトガル展を開催したことが『This___』のスタートになりました。
---- 陶器や木工、アクセサリーや織物などの手仕事品を集めたポルトガル展やニュージーランド展は大好評で、それから何度も展示会を開催されていますよね。お店に置きたい、と思うものは自然と集まってくるのでしょうか?
石谷さん:私には何もないけれど、「こういうことをやりたい」と話しているうちに周りの人がつなげてくれるんです(笑)。東京に知り合いがほとんどいなかったので、シェアオフィスやお店で出会った人たちにすごく助けられてきました。そうやって好きなものを集めているうちに、だんだんお客さんも増えていって、今に至るという感じです。
"商店街の魚屋さん"のように身近なセレクトショップを
---- 当時、グラフィックデザインの仕事や自身のブランドと並行して、お店の経営まで始めることに不安はなかったですか?
石谷さん: 私、本当に計画性がなくて、あまり考えないんですよ。「うまくいくかな?」と心配するよりも、「私はいいと思ってるから、やろう」っていう感じ。欲しいものがなかったら作ればいいし、誰もやってないなら自分でやればいい、というのが私の基本スタンス。やりたいことがありすぎて身体が足りないっていうくらい、日々やりたいことにあふれてるんです(笑)。
---- 街の小さな商店街に、こういうお店があるというのがいいですよね。
石谷さん:うちみたいな小さなセレクトショップって、わざわざそこを目指して行くような少し行きづらい場所にあるか、渋谷や恵比寿みたいな大きな街にあるか、どちらかが多いじゃないですか。でも、こういうごく普通の商店街の中にあることで、買いものついでにいろんな人が見ていってくれるんです。ポルトガル展をやったときも、近所の80代のおばあちゃんが、ポルトガルのおばあちゃんが手編みした靴下を買っていってくれたりして。
家事や育児、日々のお仕事で忙しいママさんたちも、渋谷までは行けなくても、ここなら夕飯の買いものついでに寄れる。格好つけた店に見えるかもしれないんですけど、商店街の魚屋さんみたいなノリで「今こういうのあるよ」って紹介できるのがすごくいいなって思うんです。
---- 商店街という場所にあるっていうのが、すごく重要なことなんですね。
石谷さん:うん、私にとっては大事ですね。5月は陶芸作家の太田浩子さんの展示をやっていたんですが、作品に植物を植えた状態で展示していたからか、年配の方もよく入ってきてくれました。好きな作家さんを目当てに来てくださる方もいますが、商店街だからこそ「ここは何をやってるの?」って不思議そうに聞かれることも多い(笑)。そうやって、新しいものや知らないものに興味を持ってくれる瞬間が嬉しいですね。
光と影がきれいなら、どんな場所も写真になる
---- 「This___」のインスタグラムや、石谷さん自身のアカウントにアップされているお写真も、とてもきれいですよね。写真とはどんなふうに関わってきましたか?
石谷さん:デザインの学校に行っていた頃に写真の授業があって、フィルムカメラで撮影から現像作業まで自分でやっていました。当時から付き合っていた今の夫に、彼のおじいちゃんのフィルムカメラをよく使わせてもらっていたので、その頃に写真の楽しさを知ったのかなと思います。最近はデジタルカメラやスマホで撮影していますが、計算して設定して撮るというよりも、光や影、子どもの表情など、「いいな」と感じたときに撮っています。
---- 写真を撮るときに、デザイナーとしての視点が出てくることはありますか。
石谷さん:そうですね、構図を無意識に考えながら撮っていたりするかもしれません。これまでファッションや広告の撮影でいろいろなフォトグラファーさんの仕事を見てきたので、その経験の中で自分の好きな撮り方やトーンも自然と積み重なっているのかなと思います。写真の好みは時期によってけっこう変化するのですが、最近は少し青っぽい色味が好きですね。
---- どんなときに、写真を撮りたくなりますか?
石谷さん:娘がふたりいるんですが、子どもってカメラを向けるとピースしたり、何かしらポーズしちゃうじゃないですか。それよりも、ただしゃべったり笑ったりしてる普段の姿を撮るのが好きなんです。子どもは目がすごくきれいなので、ふとした瞬間に撮りたくなります。でも、成長とともにカメラを意識してしまうから、だんだんそれが難しくなってきました(笑)。 人じゃなく、ものや空間を撮るときは、やっぱり光だと思います。光と影がきれいであれば、水たまりでも、路地裏でも、どんな場所でも撮りたくなります。
毎朝、毎晩、同じ写真を眺めるということ
---- 今回、富士フイルムのWALL DECOR(ウォールデコ)を試していただきましたが、選んだお写真について教えてください。
石谷さん:子どもの写真はふたつあって、ひとつは長女が4歳くらいのときに、旅先のフィンランドでバスに乗っているときの写真。椅子の隙間から顔を出しているところですね。もうひとつは、何年か前の逗子の海でどこかのお店のハンモックに入っているところ。こういう「隙間から子どもが何かを見つめている写真」がすごく好きで、なんというか、その先に未来とか希望とか、そういうものを感じられる気がするんです。
3枚目は、ちょっと抽象的な光の写真なんですが、いつの間にかカメラロールに入っていたものなんですよ。私が撮ったのかも子どもが撮ったのかもわからないし、何を撮ったのかもわからない。でもどこかアートのようで、ちゃんと額装すると作品っぽく見えますよね(笑)。こういう偶然の一枚も、写真の面白さなのかなと思います。
---- ウォールデコを使ってみていかがでしたか?
石谷さん:写真をプリントするっていうことがほぼないので、やっぱりいいですよね。ペラペラの状態で壁に貼るのは難しいので、こうやって額に入ったり、厚みのある「物」になると飾りやすくなる。子どもの写真っていっぱい飾りたいので、たくさん並べられるように小さいサイズが増えたら個人的には嬉しいです(笑)。
---- 写真やアートを飾ることで、暮らしにはどんな影響があるでしょうか。
石谷さん:実は、自分が撮った写真を見返す頻度って、一年に一回あるかないかくらいなんです。でも、今回プリントしたものを部屋に置いてから、毎朝、毎晩それを見るようになって。この頃のこの子たちにはもう会えないから、写真を見るたびにキュンとして、やっぱりこうして飾るのっていいんだなと思いました。スマホの中にあると見返すことのない写真も、飾ると毎日眺めることができる。そうすると自然と気分よく過ごせるんですよね。
部屋には「This___」の真向かいにあるギャラリースペース「This___2nd」で最初に展示をしてくださったアカシマイさんの絵も飾っているんですが、こういうアートも、写真も、光の当たり方で印象が変わる。そうやって日々の小さな変化とともに楽しめるのも、飾ることの魅力だと思います。
石谷唯起子さん(@____aoisora)
世田谷の松陰神社通り商店街にて、セレクトショップ「This___」(@this___tokyo)を営むオーナー。アートディレクターとしても活動しながら、2020年には「This___」の向かいにギャラリースペース「This___2nd 」もオープンし、さまざまな作家の展示を開催している。
Photo by 斉藤菜々子
Writing by 坂崎麻結