写真を贈ること。定番の贈り物ではないかもしれませんが、いざ「形」となった写真は、シャッターを切ったその日の空気や、選ぶ時間の厚み、届くまでの高揚感など、さまざまな想いが重なる可能性に満ちたプレゼントになるかもしれない。そんな写真の力を信じて、新企画「写真とことばの往復書簡」が始まりました。

今回は、雑誌や広告で活躍する写真家・大林直行さんに、贈り物としてWALL DECOR(ウォールデコ)を制作いただきました。贈る相手は、2020年に発表した作品「おひか」でご一緒だったモデルのおひかさん。前編では、大林さんの過去について伺いながら、おひかさんとの作品づくりや写真への想いについて語っていただきます。

後編では、WALL DECORを受け取ったおひかさんを訪問し、大林さんとのエピソードを伺いながら、最後に直筆のお礼の手紙を紹介します。贈り物としての写真はどういう存在になりうるのでしょうか。

きっかけはアパレル店員時代のブログ。次第にカメラの道へ

2203_02_02.jpgー大林さんは2018年に上京されたと伺いました。その前はどのような活動をされていたのでしょうか?

大林さん:上京して今年で4年目になるのですが、それまでは福岡の北九州市にいました。写真に興味を持ちはじめたのは、今から10年ほど前の30歳手前頃。大学卒業後、アパレルで販売員をしていたのですが、その頃はアパレルショップがブログを始めた時代で、Instagramが流行る前でした。僕たちも新商品の入荷告知をするためにデジタルカメラを買って撮影するようになったのですが、使ってみたらそれが楽しくなって。次第に機種にこだわったり、フィルムカメラに手を伸ばし始めました。

2203_02_03.jpg

アパレルを経て、広告業界に転職されたという大林さん。

「"ザ・サラリーマン"といった感じでスーツを着て営業していました」。

ー仕事をきっかけにカメラに夢中になったのですね。フィルムカメラは趣味で撮っていたのですか?

大林さん:そうですね。当時「Flickr」というSNSが流行っていました。カメラで検索するとその機種で撮影された写真がたくさん出てくるのですが、そこで写真家の濱田英明さんの「ハルとミナ」の作品を知り、ハイカラートーンのなんとも言えない世界観に、衝撃を受けたんです。それまでずっとデジタルカメラで撮影していたのですが、濱田さんの機種を調べたらフィルムカメラでした。そこから僕も同じカメラを買えば、"憧れの世界"に近づけるような気がしまして、同じ機種を購入。現像をみて、デジタルカメラとはまた違ったフィルムの新鮮さに感動していました(笑)。それが、30代初めの頃ですね。

尊敬する写真家・濱田英明さんと出合う

2203_02_04.jpg「こういった取材は初めてで」と照れながら答える大林さん。

本サイトに以前出ていただいた「山本写真機店」の山本陽介さんとも交流があるそうですね。フィルムの現像をお願いしていたのでしょうか?

大林さん:そうですね。もう8、9年の付き合いになるのですが、やっぱり山本さんは腕がいいから、出来上がった写真もすごく良いんです。それ以来、ずっと現像をお願いしています。

ー大林さんは30代後半まで西日本を中心に活動されていましたが、その後上京するきっかけはなんだったのでしょう?

大林さん:「山本写真機店」で展示がある度に、山本さんが僕を呼んでくれました。そこで展示を手伝ったり、写真家さんと一緒にご飯をする機会を作っていただいて、濱田英明さんとも交流ができたんです。

2203_02_05.jpg大林さん:ある日、濱田さんの九州ロケを手伝っている時に「東京に行ったらいいんじゃない?」と言ってくれたことがあって。38歳で東京に行くなんて頭にもなかったのですが、「いける!」と力強い言葉をいただいたのもあり、「やるだけやってみよう」と決心して、その半年後に上京してきました。信頼している方が背中を押してくれたことが大きかったです。

ある日の一言から始まった、作品集「おひか」の制作

2203_02_06.jpg

2020年に1作目の『おひか』が誕生。その翌年に『おひか 濃藍(こいあい)』を出版。

ー行動力がすごいです。上京して1年後には『おひか』の展示をされましたが、その経緯はなんだったのでしょう?

大林さん:2019年に濱田さんが学芸大学のギャラリー『BOOK AND SONS』で展示を行ったのですが、その際に僕も手伝っていました。周りは活躍している人ばかりだし、自分も何かやらなくては、と危機感を抱く日が続いていました。

まだ展示内容は白紙でしたが、「来年、僕もBOOK AND SONSでやります!」って勝手にTwitterで宣言してしまったんです。今思えば決まった手順を追わずに展示を申し込むなんて、不躾なことをしてしまったと分かったのですが、当時はなにも知らなくて。ありがたいことにオーナーさんも受け入れてくださり、ギャラリーの展示スケジュールに組み込んでくれたんです。

それで、1年後の8月に展示をすることだけは決まったのですが、その間にコロナ禍に入りまして。3月〜5月は仕事もないし、自宅にいることが多かったんです。それでも開催までの日付が迫ってくる。そこで、東京に来た頃、作品撮りをしていたおひかさんに協力をお願いしました。撮影のイメージを伝えたら、2つ返事で「もちろん」と言っていただけて。そうして、6月から本格的に撮影が始まりました。

2203_02_07.jpg2203_02_08.jpg『おひか』の構想ができる前に、おひかさんのご自宅で撮影した作品。

ーおひかさんとはどのように出会ったのですか?

大林さん:上京してきた頃は、知り合いもいないので、作品撮りするためにtwitterでモデルさんの募集をしました。初めは誰も来ないだろう、と思っていたのですが、おひかさんが投稿をみて連絡をくれました。

初めて会った時も、彼女は独特な個性を帯びていて。自然な姿でいてくれたので、僕も撮りたい角度を探りながら撮ることができました。会話はあまりしなくても、少なからず相性の良さのようなものを感じ、運良く出会えたなと思いましたね。

2203_02_09.jpg

『おひか 濃藍』より。

埼玉・本庄にあるヘラブナやワカサギ釣りの名所「間瀬湖」で撮影された。

ー撮影中、印象的なことはありましたか?

大林さん:2作目の『おひか 濃藍』では、前作と違ってダイナミックさを取り入れたく、湖の中での撮影に挑戦しましたが、これはかなり苦戦しました。自然の湖なので、特に設備もないですし、僕もぷかぷかと浮いていられないので、思うようにいかず。1ヶ月後に同じところに戻ってきて、もう一度撮影し直しました。2回目はボートやシャワー、タンクなどあらゆるものを用意して。撮影終わりは、みんなで銭湯に入ったり、夕食を食べたりして、夏一番のアドベンチャーのようで、楽しかったですね。

2203_02_10.jpg『おひか』より。

いい写真が撮れた時、言葉にならない

2203_02_11.jpg「当初は作品集としてまとめる予定なかったのですが、山本さんの後押しで実現したんです」と大林さん。

ー『おひか』の作品は全てフィルムで撮影されたそうですね。現像した時はどんな気持ちでしたか?

大林さん:確実に「いいな」って瞬間は、目の裏に焼き付いているんです。でも「今、すごいものが撮れてしまった!」って思う時、その感情をどのように表現したらいいか...いい言葉が見つからないんです(笑)。デジタルカメラはその場で確認ができますが、フィルムだと、そうはいかない。1枚1枚のシャッターの重みが違いますし、目の裏に浮かぶ瞬間は、フィルムならではの味わいだと思います。

ー大林さんの作品は風景写真も印象的ですが、初めての展示でポートレートにした理由はありますか?

大林さん:初めての展示では、自分が一番表現したい部分を見て欲しかったんです。僕は風景を撮るのも好きだけど、人を撮る仕事がやっぱり楽しい。撮影した人の「全て」が写り込む訳ではないけれど、その人の素の部分や芯が写ったら、それこそポートレートを撮る意味なのかなと思います。

作品を撮り終えた今だからこそ、写真を贈りたい

2203_02_12.jpgー今回おひかさんへWALL DECOR(ウォールデコ)を贈ろうと思ったのはなぜですか?

大林さん:おひかさんは僕にとって不思議な存在なんです。家族や恋人でもなく、友達といえばそうなのかもしれないですが、人生でこれほど撮影した人もいないので、特別といえば特別。おひかさんがいないと実現しなかった作品なので、改めて感謝しています。 その中で、「いつか大林さんの写真を部屋に飾ってみたい」とお世辞でも言ってくれたのを思い出しまして。『おひか』という作品でのやりとりを終えた今だからこそ、改めて作品を贈りたいと思いました。

2203_02_13.jpg

大林さん:この船の写真は、仕事で小豆島に行った際の、帰り道のフェリーでした。朝7時頃の光が綺麗で、楽しくてずっと撮っていた時の1枚です。僕のInstagramにアップしたら、珍しくおひかさんが「すごく好きです」って言ってくれたのを覚えていて。贈るならこの写真だと思いました。

2203_02_14.jpg

大林さん:こちらの2つは、『おひか』の作品がシャドウがかった静的な雰囲気だったので、イメージに合うものを選びました。みずみずしくてしっとり落ち着いている。今はこういう写真が、『おひか』を象徴しているのかなと。似た写真は、写真集にも入っていますが、この作品自体は入れていません。もともと重厚感のあるアンダーな写真が好きなので、静かな空気感を纏った作品が落ち着くんです。

ー今回のWALL DECORや、展示でも写真をプリントして形に残されていましたが、なにか感じるものはありますか?

大林さん:これまで僕は、ほとんどプリントをしてきませんでした。ただ東京にきて、個展に行って作品が額装されているのを見た時に、ただ貼るだけの人もいれば、立派な額装をする人、アート作品のように仕上げる人など、どの形も新鮮でした。例え同じ作品でも、どう飾るかで見え方は変わります。形にする選択肢は、沢山あると思いますが、それだけ迷うこと。それは展示を考えるたびに感じていて。

展示の際に作品を額に入れて、改めて「いいな」と実感しました。堂々としていて、存在感がでますよね。データで簡単に見られるのも便利ですが、印刷して形に残すことは、この先もやっていきたいです。どう印刷して、どのように飾るか、悩んだ分、形になって手に取った時、思い入れのあるものになるんだろうなと思います。

2203_02_15.jpg

WALL DECORを手に取り、丁寧に仕上がりを確認する大林さん。

4月公開の後編では、おひかさんを訪問し、大林さんのお人柄や撮影時のエピソード、思い出など、お二人の"不思議な"ご関係についてさらにお伺いしていきます。中でも"信頼"がお二人の根底にありそうです。

大林直行さん(@naoyuki_obayashi

1980年生まれ。山口県・宇部市出身。九州産業大学卒業後、アパレル、広告で営業を経て、 2015年にデザイン制作会社専属フォトグラファーとして活動。2018年にフリーランスとして独立し、上京。 広告・雑誌・WEBなどにおいて様々な分野の撮影で活躍する。

Photo by 佐藤侑治

writing by 野﨑櫻子

WALL DECOR(ウォールデコ)
お気に入りの写真をパネルにできるサービスWALL DECOR。どんな写真にもマッチするシンプルなデザインで、飾る場所も限定しません。大林さんは、A4サイズのカジュアルタイプ2点をディープマットでプリント。他に、A3サイズのギャラリータイプをおひかさんへプレゼント。
この記事をシェアする

New
最新の記事