年々進化するスマホカメラの機能や、SNSでの写真投稿。写真を撮ることや人の撮った写真を見る機会が増える中で、写真集に興味を持った方も多いのではないでしょうか。中には写真集に興味を持ちつつも「楽しみ方が分からない」「なんとなく敷居が高い」と、手に取ることを躊躇している方もいるのでは?
今回は写真集の魅力や楽しみ方を探るべく、吉祥寺にある写真集専門の古書店『book obscura』の店主・黒﨑由衣さんにお話を伺ってきました。
本と人を引き合わせるのが"天職"。
「誰よりも写真集への愛があり過ぎるのかもしれません。」
---- まずは、お店について聞かせてください。『book obscura』は写真集専門の古書店という珍しい形の本屋さんですが、写真集専門にしようと思ったのはなぜですか?
黒﨑さん:写真集は趣味でずっと集めていて。ただ集めるだけではなく、その写真家について、その写真が纏められた意味について、その写真が撮られた意味について、調べることばかりしていたんです。自分の知識的欲求を満たすためにずっとやっていましたが、その知識がお客様の役にたった瞬間に、そして大好きな写真集がお客様の思い出に残る1冊になった時に、「これが私の天職だ」と思いました。
昔、青山一丁目にあった、新刊を取り扱う旅の本屋『BOOK246』で働いていました。出版社さんや作家さんと壁面の展示企画を考えたり、平台や棚でフェアを開催したり、気になる本を仕入れておすすめして、お客様とそれをシェアするなど、売れたり、売れなかったり、スタッフと試行錯誤しながら目標に向かって頑張るのは「苦悩」ではなく「充実」した日々でした。
でも4年ほど働いた頃、ビルの建て替えで『BOOK246』が閉店してしまったんです...。『BOOK246』は、一歩お店に入るとゆっくりとした時間の流れに変わり、お客様それぞれが好きな時間の流れの中で本と過ごせる場所でした。その空間がとても好きで、その空間を取り戻したいなと思ったのが本屋を始めるキッカケになったと思います。
写真集専門にした理由は、『BOOK246』で単行本、文庫本、ガイドブック、雑誌、絵本などと触れ合った結果、やはり私は写真集が1番好きだなと思ったからだと思います。『BOOK246』で新刊書店の仕組みを学びましたが、写真集を説明する上で絶版となっている本がないと、写真の歴史を広く深くお伝え出来るお店にならないと思ったので、仕組みが解らなかった古書の世界を学ぼうと神保町にあるアート専門の古書店で3年間修行をしました。
---- 黒﨑さんの「写真集愛」は、Instagramのハッシュタグからも伝わってきます!「#写真集がご飯」「#写真集のことしか考えたくない」など。
黒﨑さん:本当にそう思っているんですよ(笑)。ご飯を食べる時間より、写真集を見る時間に使いたいんですよね。「#写真集がご飯」というのも本当にそうなればいいのになと思っていて、「写真集でカロリーが取れたらいいのに...」と思っちゃったんですよ。頭の中に無数にある「写真集の謎」という「点」が「線」になる瞬間が日々あるので、写真集のことしか考えたくなくて...頭の中は常に写真集のことでいっぱいなんです。私がなぜそんなに写真集を好きかというのは、きっとこのあとのお話でわかっていただけると思います。
見て、触れて。写真集を「味わってほしい」。
目指したのは、心ゆくまで写真集を堪能できる店
---- 店内はアロマの香りが漂い、カフェも併設。広々として開放的で一般的な古書店のイメージとは違いますが、お店づくりにはどんな思いが込められているのでしょうか?
黒﨑さん:確かに、皆さんがイメージする古書店って、独特の匂いで、本棚以外にも積まれた本がある感じですよね。『book obscura』はあえてその古本屋さんっぽいイメージを外して行きました。古書店に行くというより、くつろげる空間に行くという場所にしたかったんです。私も古書店や駅ナカの本屋さんによく行きますが、やっぱり写真集コーナーに行くと、他の本より大きいし重い!そんな本をパラっと見るなんて、他の本と比べて難しいですよね。
しかも写真集って雑然と並べられていたり、作家の名前順に並べられていたりするので、どれを見たらいいのか、好きな雰囲気の写真集を見つけるのが難しい。そうなると、背表紙が並んでいるだけなので、手にとってくださる人がどんどん減ってしまう...。
そこで、私たちのお店では、写真集をしっかり味わえるお店にしたいと、写真集を広げられる場所を作りました。また、写真集をポートレート・ファッション・ドキュメンタリー・ランドスケープなどのカテゴリーに分け、分けた棚の中で左から古いもの、右に行くにつれて現代のもの、というような並べ方にしました。
気になった棚から写真集を引き出しては、店内の大きなテーブルで表紙から最後のページまでをゆっくり見てもらって「はぁ、感動した。これは家でもっとじっくり見たい。買っていこう」となってもらえたら嬉しいなと思ったんです。
お店が駅から少し遠い理由も、元印刷所だった物件に出会ってしまったのが大きなキッカケにはなりますが、人が多く行き交う落ち着けない場所ではなく、人混みから離れたこの場所ならお客様が写真集にゆっくり没頭できると思ったからです。
本屋って、情報発信基地であり媒体だと思うんです。ネット検索では辿り着けない、自分でも意図していない写真集にめぐり合えるのが本屋だと思っています。うちのお客様は長時間滞在してくれる人が多くて、なかには5、6時間いらっしゃる方も。私はお店にある写真集の全てのページを覚えているんですけど、うちのお客様はそれをうまく活用してくださるんです。例えば「こういう写真が好きなんだけど」と写真を1枚見せてくださったら、私が「それならこの写真集も好きだと思いますよ」という感じで数冊選んでお渡しする。1冊見るのに30分かかるとしたら、そのくらいの滞在時間になるんですよ。
「第一印象」を大切にすること。
お気に入りの写真集に出会い、楽しむ方法。
----写真集に興味がある人は多いと思うのですが、どう楽しんでいいのか分からず踏み出せない人も多いですよね。黒﨑さんのように写真集を楽しむためにはどうすれば良いですか?
黒﨑さん:まず、写真集には「第3までの印象」があります。本を開いて、「わぁ、きれい」「わぁ、すごい」というのが第1の印象で、第2が写真家の人生や、写真家が生きた国の歴史を調べることによって見えてくる世界。それを知ることによって「こういう気持ちで、こういうときに、こう撮ったのね」と、見え方が変わってきます。
そして第3の印象が、写真家さんと直接会うこと。生で喋れる機会があれば、写真が「生」のものに変わるんです。
多くの人は第1の印象で終わってしまっている事が多いと思うんです。写真集を楽しむためには、まずは第1の印象を探すことが大切です。たくさんの写真集を開いてみて、直感的に「イイ!」と思ったら、その写真集を撮った写真家の経歴や生まれ育った国を調べてみるんです。その人が生きていた50年くらいの歴史を紐解いていくと「この写真を撮ったとき、こんな人生だったんだ。この写真の歴史背景にはこういうことが隠されていたんだ。」と、写真には写っていない真実が見えて、写真が深くなっていきます。1人の気になる写真家を見つけて紐解くと、次にその写真家が影響されたであろう写真家の名前が出てきます。そうなると別の写真集や写真家にも派生していき、勝手に自分の中で写真の歴史が繋がっていきます。ひとつ気になる写真集が見つかれば、次々とお気に入りの写真集を見つけることができるはずです。
写真集には「このとき、こういう気持ちで撮りました。こういう思いを伝えたいです。」ということは書いていないことが殆どなので、少し理解が難しく面倒に思われるかもしれませんが、物語のようにバッドエンドやハッピーエンドが決まっていないのが写真集の良いところ。小説の場合、自分が納得いかない結末だと読まなくなることもあるけれど、写真集は紐解けば紐解くほど、どんどん見方が変わっていくので飽きることがありません。それこそ、映画を1本観るような感覚で物語が込められているんですよ。
2020年を「アート元年」に。
新しい年の始まりとともに見たい、写真集。
---- この記事は2020年1月公開です。新年は新しいことを始めたくなる!ということで、黒﨑さんおすすめの新年にふさわしい写真集がありましたらぜひ教えてください。
「PHOTOGRAPHS」ジャック・デイヴィソン
黒﨑さん:この写真集を選んだ理由は、2020年は写真集をたくさん見ることで「デイヴィソンのように写真を高めてほしいな」と思ったからです。
この写真集は、1990年生まれのイギリス人の写真家が29歳になる年に刊行したものです。しかも本書は16歳の時に撮影していた写真から収まっているのですが、全ページを見て驚愕したんです。今VOGUEなどファッションの世界で引っ張りだこの写真家かと開いてみたら、そこにはマン・レイやエドワード・ウェストン、アルフレッド・スティーグリッツ、エルンスト・ハースなど先人たちが生きていました。模写とも思える作品たちですが、普通なら新鮮には感じないはずなのに、彼が撮るとすごく新鮮なんです!この人はタイムマシーンで1800年代後半に渡って写真家の偉人たちに教えを乞い、現代に帰って来たとしか思えないほど、写真集を見るだけでは到達出来ない領域で先人たちを凌駕しているのです。それはきっと、彼が写真集を本当によく見ているから。ちゃんとひとつひとつの写真をかみ砕いて飲み込んで、いろいろと考えて、しっかりアウトプットしている。「この写真家は何を気持ちいいと感じて、この構図にしたのか」などを理解した上で撮っているんですよね。「よくもこんなに先人たちと会話をしたな!」と感じるほどです。
写真って、新しいものなど本当に何もないんです。自分で「あ、これいいな」と思ったもの、何にも影響を受けていないと思っているものでも、実は無意識に電車で見た広告とかCMとか映画などで見た構図に影響されていて、自然に出てしまう。ならば逆に、デイヴィソンみたいに全部見てしまった上で、「自分の写真」と言えるところまで高められると素敵ですよね。
「20世紀の人間たち」アウグスト・ザンダー
黒﨑さん:農夫や手工業者、主婦などドイツのさまざまな職業の人たちをどれも真正面からストレートに撮っているのですが、これが本当に上手。並ばせ方、立たせ方、余白はどれくらい必要なのかとか、全ての構図が整っていてまるで1枚の絵画のようです。
新しい季節は家族や親戚で集まるタイミングでもあるかと思います。子どもの頃はこんなふうに集まって家族写真を撮っていたけど、いつの間にか撮らなくなるし、普段写真を撮る人もこんな風にど直球で写真を撮ることって少ないと思うんです。近年はスマホで簡単に写真を撮れる時代になりましたが、だからこそ節目節目に家族を正面から撮ってみてはいかがかなという気持ちから、この写真集を選びました。
「この先も写真集とずっと、共に」
黒﨑さんが理想とする人生の過ごし方。
---- 最後に、今後の目標ややりたいことなど、将来の展望について教えてください!
私は、どんな人生であっても自分は写真集から離れることはできないと思っています。子どもを産んでも仕事を続けたい。だからお店の場所を選ぶとき、今後子どもを産んで育てるということも考えて、子どもが騒いだり走り回ったりしても大丈夫そうな住宅街にお店を開いたんです。今後は女性が仕事を諦めずに済む環境作りや、何かを諦めずに好きなことを仕事にする人が増えるためにも、一つの選択肢になる行動ができたらと思っています。
そして一番の目標は、写真集をもっと知って貰うこと。この仕事を家業にして、私の家系何世代にも渡って写真集を広げる活動をして、皆様に先人から現代までの写真集をいつまでも見て貰えるようにします。ここに来れば古い写真家にも新しい写真家にも出会え、いつでも質の良いインプットが出来るようお手伝いしながら、写真集の素晴らしさをずっとずっと伝え続けていきたいです。
黒﨑さん、素敵なお話をありがとうございました!
写真をもっと楽しむ!
「PhotoZINE」で自分だけの写真集を。
写真集の楽しみ方、いかがでしたか?「難しそう」「敷居が高い」と感じていた方も、黒﨑さんのお話から写真集の魅力や好きな写真集を見つけるコツを掴めたのではないでしょうか。ジャック・デイヴィソンやアウグスト・ザンダーに影響を受けて「自分でも撮ってみようかな」と感じた方は、富士フイルムの「PhotoZINE(フォトジン)」でオリジナルの写真集を作ってみるのもおすすめです。
2020年、"見る"側からも"撮る"側からも写真を高め、アートを楽しむ1年にしませんか?
Photo by 忠地七緒
Writing by 大西マリコ